NASH(非アルコール性脂肪性肝炎) 酒好きでなくても、同じように肝臓を傷めてしまう「NASH(非アルコール性脂肪性肝炎)」という病気がひんぱんに見つかっている。単なる脂肪肝から肝硬変に進行し、さらに肝がんにまで進む。病因は内臓肥満が有力。つまり、メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の仕業である。
成人の1%がかかっているとされるこの病気、飽食の時代にあって、増加の一途をたどっている。NASHに詳しい高知大学医学部消化器内科の西原利治教授に聞いた。
「同じ肝障害でもアルコール性肝炎と違って急変する病気ではない。NASHは、内臓肥満をベースとした脂肪肝が何十年とかけ徐々に進行して、肝硬変から最後には肝臓がんにも至る可能性もある怖い病気なのです」と西原教授は警告する。
西原教授によると、全国各地の報告を集計すると、「NASH」の罹患者は、成人の1%超、約150万人と推定される。米国では成人人口の約3%とされており、
BMI(体格指数)30以上だと、10%がNASHの危険群だといわれる。高知県で健診受診者を調べたところ、約25%の症例で脂肪肝が見つかり、そのうち約半数14%の人が、飲酒歴やウイルス肝炎などがないにもかかわらず、血液検査などでNASHの前兆を示す肝障害を持っていることがわかった。
NASHは、どのように発症するのか−。西原教授によれば、ちょっと太めで脂肪肝のある人が要注意。血液検査では、肝細胞が壊れて血液に流出する酵素「ALT」の値が高く、空腹時にもかかわらず、血糖値を下げるインスリン値が上昇している。この段階は脂肪肝であり、日本肝臓病学会のガイドラインでは、脂肪がたまった肝細胞が、100個の細胞のうち10個あれば、脂肪肝と判定することになっている。体重を3キロほど落とせばよくなる可能性が高い。
さらに、
肥満状態が続くと、肝臓に炎症が起きてくる。そういう慢性肝炎の状態が、『NAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患)』といわれる。こうした慢性肝炎が何年も続くと、肝細胞が風船みたいに膨らんだり、線維化が進むNASHに移行し、肝硬変に行き着く。その途中でC型肝炎のように、肝がんを発症することもある。
西原教授は「いずれにしても内臓肥満がベースになっていることは間違いありません。40代後半から50代のメタボリックシンドロームの人には、NASHが隠れていると考えていい。NASHは、メタボリックシンドロームの肝臓での表現型といえるわけです」と話す。
NASHは、予後良好な脂肪肝に限りなく近い軽い慢性肝炎から肝硬変まで含む。慢性肝炎といっても幅広いので、NASHと診断できない場合でも、疑いは残る。「境界にあるような症例の鑑別が特に難しく、
専門医でもNASHと、予後良好な脂肪肝とを見間違えることがあるのです。きちんと両方を区分けして診断するのには、体から肝臓の細胞を取って調べる『肝生検』以外にないところが悩ましい」と西原教授は語る。予後不良な脂肪肝からは20〜30年たって肝硬変が出てくるものだが、NASHは10年ぐらいで2割が肝硬変になる。だから、病態が進展する速度の差ともいえるわけだ。
肝硬変のNASHから肝がんになる確率はどうか。「B型肝炎程度といわれており、
年率2〜3%の確率になるのではないでしょうか。ただ、予後の研究はまだこれからで、確定できてはいません。通常、肝硬変から肝がんになるといわれていますが、最近では、肝硬変になる前から肝がんになるという症例が増えてきていると報告されています」
日本人の7人に1人は脂肪肝があり、またALT値も高いNAFLDなので、将来肝がんになる可能性は否定できず、通常の健診では、カバーできないのが難点だ。さらに最近、尿酸値もインスリン値と並ぶNASHの独立した危険因子として注目されており、酸化ストレスが関与しているとみられている。
1950年代から、欧米ではアルコール性肝障害に加えて、糖尿病性の肝硬変がよく知られていたが、1980年に病理医のルドウィック氏が、肥満による肝臓病、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)の概念を提唱した。
日本でも1990年代に入って、肥満や糖尿病が増加し、飲酒歴や肝炎ウイルスが陰性であるにもかかわらず肝脂肪蓄積や肝障害が進むNASHが取り上げられるようになった。太った人に多く、インスリン抵抗性も強いが、近年、糖尿病などほかの生活習慣病とは明らかに独立して進行する肝臓病とされている。
治療法というと−。「
BMIが増えるのが最初のステップなので減量するのが一番です。まずメタボリックシンドロームを解消すること。糖尿病では、少しぐらい体重を落としても効果はないが、NASHでは、3キロ減でも随分、ALTなどの数値がよくなります。肝臓は沈黙の臓器ともいわれ、黙々と働きつづけますが、いったん壊れてしまったら後戻りはできないので、その前にしっかりした対策が肝心なのです」と西原教授。
まず食事と体重管理が大切。糖尿病の人は別にして、1日1500キロカロリー。1日体重50グラムずつ減る勘定で1カ月1キログラム強の減量がベストだ。運動についても毎食前後に、とにかく15分くらい体を動かすこと。強い運動でなくて、それぐらいでも体にたまった脂肪の燃焼には効果がある。そして、高血糖、脂質異常などの生活習慣病の改善。とにかくメタボを解消して体重を落とすことが大事なのだ。
しかし、なかなか食事・体重管理ができず、ALTの数値も上がってくるようだったら、薬物療法を追加する。「NASHとしての確たる治療法はない」(西原教授)ので、個々の患者の症状に合わせて抗酸化剤や血糖降下薬、抗コレステロール・抗中性脂肪薬などを処方する。NASHでは、約4割に高脂血症が見られるため、脂質、とりわけベザフィブラート(高脂血症治療剤)など中性脂肪を低下させる治療薬が効果的とされる。最終的には、患者個々のメタボリックシンドロームを含めた生活習慣病対策が必須となるわけだ。
最近は、子供のメタボリックシンドロームと同様、
小児期のNASHも問題視され始めた。飽食社会の進む中で、今後、NASHが、メタボの増加とともに、生活習慣病の一つの兆候として確実に増加していきそうだ。
脂肪沈着が多くなると、
画像では、肝細胞の一つ一つが『大滴』の脂肪滴を蓄えていることが見てとれる。障害を受けて膨らんだ細胞は、『風船様肝細胞』といわれ、肝臓の線維化とともにNASH診断の決め手になる。脂肪肝を生む肥満、インスリン値上昇による脂肪肝を第1ステップとすれば、第2ステップは、『酸化ストレス』や『炎症性のサイトカイン(生理活性物質)』の影響で線維化や炎症が進行している状態。線維化が一層激しくなると肝臓が硬くなり、次は肝硬変というわけだ。
肝臓の癌というと、肝炎ウイルスによるものが有名ですが、このNASHという概念もかなり重要です。
何と言っても、肝臓に悪いのはアルコール、っていうイメージが一般的だと思うんですよね。実際、アルコールによる肝臓障害でアルコール性脂肪肝になったりするんですけど、NASHは、アルコールは関係なく起こるんです。
ですのでアルコールを飲まない人でもこうやってNASHを発症し、肝臓癌になってしまうケースもあると。ここらへん要注意です。