軽い傷ができた時、消毒や乾燥をせずに、適度に潤いを保って治す「湿潤療法」が広がり始めている。痛みが少なく、きれいに早く治るのが特徴。傷を乾かして治す従来の治療法とどう違うのか。
「顔に傷跡が残らず、ほっとしました」。東京都内に住む母親(36)は、長女(3)がやけどを負った2年前を振り返る。
当時1歳3カ月だった長女は、台所に置いたコーヒーカップを倒し、熱いコーヒーを頭からかぶった。すぐ水道水をかけ、服を脱がしたが、やけどは顔から首、胸に及んだ。救急車で大学病院に運び、応急処置を受けたが、帰宅後、ガーゼ交換のたびに傷が張りつき痛がった。
知人から湿潤療法を聞き、翌日、同療法を実践している柿田医院(東京都杉並区)を訪れた。やけどは中程度の2度。消毒はせず、保湿効果のあるワセリンを塗り、傷口を湿潤状態に保つ被覆材で保護する治療をした。
通院は週2回。病院に行かない日は母親が1日1回、被覆材を替えた。母親は最初、ガーゼも消毒もしない治療法に戸惑ったが、湿潤療法を始めた10日後、顔のやけどはほぼ消えていた。
「消毒せずに、傷を湿潤の状態に保つと、皮膚の自然治癒力が発揮されます」。女児を治療した柿田豊副院長は説明する。
傷からしみ出す「滲出液」と呼ばれる体液は、傷の再生を促す物質を含む。しかし、消毒後にガーゼで覆い、乾かしてかさぶたを作る従来の治療方法だと「ガーゼが滲出液を吸い取り、傷が乾燥して、皮膚の細胞が死んでしまう」。適度な湿潤環境を保てば、滲出液が働いて皮膚の再生を助け、傷跡が残りにくいという。
ばんそうこうも湿潤タイプが相次ぎ登場した。ジョンソン・エンド・ジョンソンは04年3月、日本で初めて家庭用ばんそうこうに湿潤療法を取り入れた「バンドエイド・キズパワーパッド」を発売した。医療現場で床ずれ治療などに使われていた吸水性高分子素材「ハイドロコロイド」が、滲出液を吸ってゼリー状になり、傷口を湿潤に保つという。同社広報室は「発売以来、売り上げは毎年成長を続け、08年は04年の5倍に伸びた」と話す。
1枚当たりの価格は、肌色の通常タイプの約6倍と高めだが、3日間張り続けるため、通常タイプを1日2回張り替えるのと同程度という。ニチバンも07年3月、吸収性の高い素材を使った「ケアリーヴ バイオパッド」を発売した。
「湿潤療法が日本で広がり始めたのは、わずか10年ほど前です」と話すのは、医師らで作るNPO(特定非営利活動法人)「創傷治癒センター」理事長の塩谷信幸・北里大名誉教授(形成外科)だ。
1962年、英国の動物学者が動物実験を行い、傷の表面が乾いた場合より、滲出液がたまっていたほうが治りが早いことを証明した。この発表を受け、海外では湿潤ケアを取り入れた医療用品が開発されるなど徐々に広がった。しかし日本では、感染症などへの医師の抵抗感が根強く、傷を乾燥させる従来の手当てが主流という。
では、自分で傷を手当てする際、どんな点に注意すればいいのだろうか。塩谷理事長は「まず家庭で処置できる傷かどうかの見極めが大切」と注意する。軽い傷なら、湿潤効果があるばんそうこうで保護すれば十分だ。
しかし▽傷に木片やガラス、服の繊維など異物が入り込み取れない▽なかなか血が止まらない▽傷の周りが赤く腫れたり、痛みが消えない▽動物にかまれた−−などの場合は、医師に診てもらったほうが安心だ。特に、すり傷にもぐり込んだ砂や泥、ゴミ類は水で流しにくい。異物を残したまま皮が再生してしまうと、入れ墨のように跡が残ることもあるという。
同センターはホームページで、一般向けに湿潤ケアに関する情報を公開したり無料カウンセリングなどを実施している。
ラップ療法として以前取り上げたものと同じです。最近は結構一般にも普及してきたようです。
昔は乾燥させるのが当たり前とされてきましたが、今ではそんなことはないです。医学の進歩により、今まで当たり前とされてきたことが変わる、そういう境目にいるわけです。
正しい知識で実践してみてください。
傷の手当ての心得
・けがをしたら、まず水で洗う
・やけどをした場合は、衣服を脱ぐ前にまず水で冷やす
・やけどの傷が1カ月後も閉じない時は皮膚移植が必要
・傷の表面は潤った状態に保つ
・傷を治すのは自分の治癒力
=NPO法人創傷治癒センター作成(抜粋)
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