体は女、心は男…性同一性障害の体験記を出版した杉山文野くん 昨年5月、衝撃的な「告白本」が刊行された。体は「女」だが心は「男」、という性同一性障害の実情を描いた「ダブルハッピネス」(講談社)だ。著者、杉山文野くん(25)は幼稚園から高校まで日本女子大付属という「お嬢様」育ちで、フェンシングの元日本「女子」代表だった早稲田大学教育学部の大学院生。メディアでのカミングアウトから半年以上が過ぎ、取り巻く環境そして心境はどう変わったのだろうか。
「ダブルハッピネス」は赤裸々な表現で全編が彩られている。
−−セックスをすればするほど、
自分の体が男ではないという現実を痛いほどつきつけられる。体は女だという、いまだに信じられない信じたくない現実を実感する
−−毎日、風呂に入る。鏡に映った自分の裸を見る…生きてきた年数×365回以上、自分の裸を見ているけれど、いまだにこの体が信じられない…女体の着ぐるみ、もしくは女体スーツを身につけているとしか思えないのだ
−−(中学生時代)誰かにセーラー服姿を笑われているような気がしてならなかった。学ランを着ている他校の男子生徒を見るたびに「僕もあれを着ているはずなのに…」と思ったものだ
とかく重くなりがちなテーマを描いた作者は、意外なほど元気いっぱいの大学院生の「アンちゃん」。インタビューは「15、6歳の小僧によく間違われるんです」という第一声から始まった。
「この本で自分の気持ちのほぼ9割を出し切った感があります。これだけオープンにしてしまうともう怖いものはありません。20年以上『娘』として育ててもらった父親とは、この本をきっかけに『息子』としての関係が徐々に出来上がりつつあります」
カラッとした人柄同様、その文章は軽妙だ。
−−普通の男子生徒が「明日学校行く時スカートはいて行けよ」といわれたら、ほぼ全員が「冗談でしょ? いやマジ勘弁してよ〜」となるだろう。その「勘弁してよ〜」という状態を、僕は毎日12年間続けたのだ
−−最近女に見られることが極端に少なくなってきた。業界用語で言うところの「パス度」が上がってきたのだ
グイグイ読ませるのも本書の魅力。「性同一性障害というととてもヘビーな話題で、『当事者と社会』というスタンスで見られがちでした。だから性同一性障害に興味のない人にいかにこの本を手にしてもらうかに気をつけ、ポップな表現にしたんです。辛いとか苦しいとかでなく、もっと身近な悩みとして感じてほしかった」
性同一性障害が広く認知されるきっかけとなったのが2001年10月。あの「3年B組金八先生」で上戸彩が性同一性障害(FtM=Female to Malefemaleの略。心はオトコ、体はオンナ)の生徒役を演じたこと。「金八シリーズ」は校内暴力や性の低年齢化による児童妊娠などその時代の社会問題を取り上げることで知られる。このときは脚本家、小山内美江子氏の知り合いに性同一性障害の子がいたことがきっかけとされる。
その後は02年に競艇の安藤大将選手が女子選手から男子へ登録変更、03年には東京都世田谷区議選で上川あや氏当選、04年には性同一性障害特例法、性同一性障害者特例法が施行となり、戸籍上の性別変更が可能となった。FtMは10万人に1人、MtM(Male to Femaleの略。FtMの逆)は5万人に1人とされる現実などその認識は急速に進む。
「差別や偏見はその実情を知らないというところから始まると思います。『金八先生』以降、肯定的に捕らえるひとつの流れが出来上がってきました。しかしカミングアウトすることがすべていいとは思わない。自信もないのにカミングアウトすると辛くなりますから。僕の場合、もがいていた時期もあたうえで、いろいろなタイミングやめぐり合いがあってこうした本を出すことができた。だから言いたいけど言い出せないという人にとって、この本が何かのきっかけになってくれればいいと思っています」
出版から8カ月。「ダブルハッピネス」は今では学校の保健室や精神科医がカウンセリングとして使うこともある。杉山くん自身もテレビ番組への出演が重なるなど、取り巻く環境は激変した。
「性同一性障害は自分のプロフィールのひとつだと思っています。今ではせっかく人と違った性別に生まれてきたんで、自分にしかできないことをやってみたい」
目下、修士論文に追われながら、生まれた東京都新宿区歌舞伎町の清掃ボランティア「歌舞伎町グリーンバード」やインターネットテレビ「新宿放送局」での活動を続ける多忙な日々。「できれば早くこの本から卒業したいんですが…」。次回はどのような表現者として登場してくれるのだろうか。
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性同一性障害の問題も、ここ数年でがらりと変わってきたように思います。まだまだ偏見はあるのでしょうが、それでも理解してくれる人の割合は急増していると思います。存在が当たり前であり、同じ人間なのです。そこらへんの認識を持ちつつ、性同一性障害者も一般の人も、和気藹藹楽しんでいけばいいんじゃないかと楽観視しております。
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