心臓細胞の自己再生を確認 2009年4月、1950年代の地上核実験に伴う放射性物質を分析することにより、成人のヒトの心筋細胞が再生されることを突き止めたとする研究論文が発表された。
体内の放射性物質を手掛かりに、心臓の細胞が自己再生する事実を確認したとする研究論文が発表された。一般に、心臓は損傷を受けると回復が困難とされるが、この研究によって、心臓治療に新たな道が開かれるかもしれないと期待されている。
成人のヒトの場合、心臓についても細胞が定期的に分裂・再生して入れ替わっているのかについては、長い間はっきりしたことはわからなかった。だが今回の研究により、全身に血液を送り出す際に心臓を伸縮させる心筋の細胞が、実際に自己再生していることが確認された。また心筋細胞の再生率は、25歳では年に1パーセント、75歳ではかなり低く、年に0.45パーセント前後であることもわかった。
共同研究者の1人で、スウェーデンのカロリンスカ研究所で細胞生物学を研究しているヨナス・フリーセン氏によると、「心筋細胞が自己再生するという事実を証明できなかった背景には、この再生率の低さがある」と話す。「寿命の短い細胞であれば、頻繁に自己再生されるため、その研究も容易だが、再生率の低い細胞を研究する場合には従来の手法は役に立たない」。
そこで今回の研究では、画期的な手法が用いられた。1950年代に地上核実験が行われていたことに着目した研究チームは、核実験より前に生まれたヒトを対象に、その体内に含まれる放射性物質を詳しく調査し、
被ばくした心筋細胞が被験者の誕生後に生まれたものであることを突き止めた。
アメリカ心臓協会の会員で、メリーランド州ボルチモアにあるジョンズホプキンス大学のゴードン・トマセリ氏は次のように話す。「これまでにも心筋細胞が自己再生するという証拠はいくつか発見されていたが、それについてはあまり議論がなされなかった」。その上で同氏は、「今回得られたデータは、心筋細胞の再生が心臓内部で行われることを示唆するものだ」と指摘する。
1950年代、地上で核実験が行われていた影響により、大気中に含まれる放射性炭素(炭素14)の量は飛躍的に増加した。そのため、当時既に生存していた人々の組織からは微量の炭素14が検出される。この事実を利用すれば、DNAに含まれる炭素14の量から、その細胞が生まれた時期を特定することができる。
フリーセン氏らは、カロリンスカ研究所で死亡した患者14人の心筋細胞と、イギリスのヒト組織バンクに保管されていた心筋細胞から、それぞれ細胞核に含まれるDNAを抽出した。研究の詳細は3日、「Science」誌で発表される。
ヒト組織バンクに保管されていた心筋細胞はすべて、1950年代の地上核実験が始まる最長22年前に生まれたヒトのものである。分析の結果、一部の心筋細胞で炭素14の濃度が高い値を示した。これはその心筋細胞が、提供者の誕生後に発生したことを示唆している。
フリーセン氏によれば、心臓以外の臓器でも細胞は再生されているが、そのほとんどは心筋細胞よりも活発に行われるという。例えばヒトの白血球は、1年間ですべて生まれ変わる。
今回の研究結果は、ヒトの心筋細胞の成長を促進する新薬や治療方法の開発に光明を見いだせるかもしれないとフリーセン氏は指摘する。ヒトの心臓は損傷を受けると回復が難しいが、その原因は心筋細胞の再生に時間が掛かることにある。
現在、心臓の再生治療は、心臓以外の臓器や骨髄から取り出した細胞を心臓に移植するのが一般的だ。幹細胞(あらゆる組織に分化できる万能細胞)を使った治療方法もあるが、幹細胞は抽出するだけでも手間と費用が掛かる上、さまざまな副作用を招く恐れもある。
トマセリ氏は、「今回の発見がきっかけとなって心筋細胞の自己再生を速める治療方法が開発されれば、これまで移植に頼ってきた心臓の再生治療は一変するだろう」と話す。研究チームは既に、心筋細胞の再生速度の低下が心疾患の発症に関係しているかどうかを解明する新しいプロジェクトに取り掛かっている。
研究の対象となる着眼点が素晴らしすぎる。
20代でも年に1%しか再生しない心筋。年をとると更に再生率は減る。しかし再生しているのは事実ですから、どういうメカニズムで再生するのか、といった点を研究し、賦活化することができれば、新たに内服治療として心筋を再生し、心臓をサポートすることが出来るようになるかもしれません。
心臓移植は数も少ないですし、心臓をサポートするにも限界がありますし、根本的な解決はなかなか容易ではありません。少しでも再生率を上げることができれば、薬だけで助けられる人たち、日常活動を向上させることが出来る人たちは大勢いると予想されます。