独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、神経変性疾患の1つで、認知症や不随意運動、行動異常などを引き起こす、治療が難しい神経病である「ハンチントン病」の進行に関与する転写因子「NF−Y」を発見しました。
これは、理研脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)構造神経病理研究チームの貫名信行チームリーダー、山中智行研究員らによる成果です。
ハンチントン病は遺伝性の病気で、症状としては不随意運動や認知症を引き起こし、歩行障害などの小脳症状も認められます。ハンチントン病や遺伝性脊髄小脳変性症などの病気は、原因遺伝子の3つの塩基配列(C:シトシン、A:アデニン、G:グアニン)の繰り返しが、通常では20回程度であるのに対し、40回以上にも伸長します。
このため、異常に伸びたグルタミン鎖を含む原因遺伝子産物が生じて、神経細胞に蓄積し、神経細胞死や機能異常を引き起こします。異常に伸びたグルタミン鎖が病気の発症に強く関わることから、これらの病気は「ポリグルタミン病」と呼ばれています。ハンチントン病を代表とするポリグルタミン病は、遺伝子発現の異常を引き起こすことが特に知られており、このことが病気の進行に強く関連していると考えられています。
研究グループは、異常伸長を起こしたポリグルタミンが蓄積した凝集体に結合するタンパク質を検討し、この結合タンパク質と遺伝子の発現異常の関連を研究してきました。その結果、遺伝子発現を調節する転写因子の1つである「NF−Y」が凝集体と強く結合しており、このため、正常に働くNF−Yが減少していることがわかりました。
異常な遺伝子由来のタンパク質は、折りたたみがうまくできにくく、タンパク質の折りたたみを調整するHSP70の減少は、この現象をさらに促進することになります。ハンチントン病は、これまでもいくつかの転写因子が重要だと言われてきましたが、このように、ポリグルタミンの蓄積凝集体に結合したタンパク質から直接発見した転写因子が、病態の進行に強く関わっていることを明らかにしたのは、世界で初めてです。
本研究成果は、転写因子NF−Yを制御することで、ハンチントン病の病気の進行を遅らせる新しい治療法の可能性を示し、同様にポリグルタミンの伸長を起こす他の神経疾患の発症予防法の開発にも、役立つものと期待されます。
◇ポイント◇
・発見したNF−Yがハンチントン病のタンパク質凝集体に結合
・ハンチントン病では正常なNF−Yが減少し、シャペロンの発現も低下
・NF−Yがハンチントン病の遺伝子発現異常に関与
<補足説明>
※1 ハンチントン病
ハンチントン病は、主に中年以降に発症する常染色体優性遺伝の遺伝性慢性進行性の疾患である。その臨床症状は、主に不随意運動であり、知能障害、精神症状を伴う。1983年にハンチントン病遺伝子が第4染色体短腕(4p16.3)に存在することが示され、1993年にその原因遺伝子(ハンチンチン遺伝子)が同定された。この原因遺伝子のエクソン1に存在する塩基のC・A・Gリピートの伸長が、発病の直接の原因とされる。
※2 NF−Y
NF−YはA、B、Cという3つのサブユニットから構成され、この3量体でCCAATボックスに結合する。NF−Yノックアウトマウスは致死であり、発生過程に重要な機能が想定されるが、中枢神経での機能はよくわかっていない。
※3 ポリグルタミン病
C・A・Gリピートが翻訳領域に存在すると、C・A・Gがグルタミンに翻訳されるため、グルタミン鎖(ポリグルタミン)が遺伝子産物に含まれる。ポリグルタミン病は、この遺伝子産物の伸長したポリグルタミンの毒性によって発症すると考えられる。ハンチントン病、球脊髄性筋萎縮症、遺伝性の脊髄小脳失調症(SCA1、2、3、6、7、17)、DRPLA(歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症)が、現在知られているポリグルタミン病である。
※4 シャペロン
タンパク質は、正常に働くためには正しく折り畳まれる必要がある。この働きを助ける一群のタンパク質は「シャペロン」と呼ばれ、熱ショックなどで誘導される。HSP70はその1つで、ポリグルタミン凝集抑制効果が認められる。
難病、ハンチントン舞踏病の原因が明らかになろうとしているのかもしれません。
ハンチントン病は、記事中にもありますように、3つの塩基の繰り返し配列が通常よりも長くなっています。こうした3つの繰り返しがある病気を「トリプレットリピート病」と呼びます。(ハンチントン病のほかに、脊髄小脳変性症、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症、球脊髄性筋萎縮症、Friedreich失調症など、色々なトリプレットリピート病があります)
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