病気で失われた視力を、電子機器の「目」で再生しようという技術が、実用化に近づいている。世界のトップを走る南カリフォルニア大などの研究チームは、5年以上にわたる準備期間を経て、実用装置の臨床試験を開始した。
「6メートルくらい先に物があればわかるようになったよ」。カリフォルニア州コロナに住むテリー・バイランドさん(59)はうれしそうだ。網膜色素変性症で1993年に失明したが、同大とセカンドサイト社(カリフォルニア州)などが開発した人工視力装置「アーガス16」の移植を2004年に受けた。
この病気は、目に入った光を感知して電気信号に変える網膜の特定部分(受容体)に異常が起きる。受容体から視神経を通じて電気信号を脳へ伝える部分は生き残っている。そこで、受容体の役割を肩代わりするのが、アーガスだ。サングラス型カメラで撮影した画像を電気信号に変換し、網膜の位置に埋め込んだ16本の電極から視神経へ伝える。
アーガス16は2002〜04年、計6人に埋め込まれ、患者らは光の点滅や物の動きがわかるようになった。手術の3週間後から「見る」訓練を始めたバイランドさんも、約2年後には室内でドアなどを見分けられるまでになった。「暗い物が白い光として見え、明暗の差がわかる。たとえば木は1本の白い線になり、高さもわかる」という。
バイランドさんの視力は今も向上している。「脳の視覚中枢が『見る』ことを再学習しているんだ。失明から移植まで11年間、私の脳(の視覚中枢)は冬眠していたんだよ」と語る。
バイランドさんのような長期間の「冬眠」がなくても、本来の目とは違うアーガスからの電気信号を脳がきちんと受け取るのは、容易ではない。同大の研究チームを率いるマーク・フマユン教授は「本来の目に比べて足りない多くの情報を、患者の脳が埋め合わせてくれている」と説明する。
計算上は、電極を1000本まで増やすと人の顔を判別でき、文字も判読できる解像度が期待されるが、「解像度だけの問題ではない。脳がいかに働いてくれるかも重要」と、フマユン教授は語る。
アーガス16の成果を受け、研究チームは電極を60本に増やした実用版「アーガス2」の臨床試験を最近、開始した。まず米国内4か所で10人に埋め込み、順調に機能している。3年間で約100人の患者に埋め込み、好成績が得られれば、本格的に医療応用する。
フマユン教授によると、失われた視力を人工的な装置で再生する研究は、世界で約20チームが進めており、日本では大阪大の田野保雄教授(眼科)らのチームが、来年以降の臨床試験開始を目指している。「我々はフマユンチームより10年遅れて始まったが、電極の耐久性や埋め込む方式が優れている」と田野教授。
世界の大半のチームは、眼内に埋め込んだ装置から電気信号が出る方式だが、脳へ直接、チップ(情報処理回路)を埋め込む研究も一部で行われている。実現すれば、網膜だけでなく視神経の損傷など、幅広い患者に福音だが、一方で倫理的な問題も浮上する。
「脳への埋め込みも、視力回復が目的ならば批判は少ないが、依存症の治療に応用されても良いだろうか?喫煙が過ぎる人は(たばこを吸いたいという脳内情報を遮断する)チップを脳に移植するような時代が来るのか」。フマユン教授は、こう問題提起する。技術の進展に倫理面でどう対処するのか。昨秋から始まった専門家を集めた検討会議も熱を帯びている。
後天的な疾患が原因で視力を失った人、つまり脳よりその前の、視神経の伝達経路がヤラれて失明したケースなどの場合、理論的にはその経路を補ってやれば視力は回復する見通しでした。
以前から、その経路を電子的な機械で補うことで、新たに視力を回復することができるとされ、その技術は進歩していきました。
その実験から数年が立ち、何年も失明状態だった人でも訓練すれば次第に視力が回復してくるという結果に。このままいけば実際の視力のように、細かいものを識別したりもできるんでしょうね。ES細胞やiPS細胞による再生だけでなく、機械で補うことも可能になりそうです。
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