毎日2時間半。国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在する飛行士たちには、けっこう長時間のトレーニングが課されている。自転車こぎやランニングマシンのような器具を使う。
体力をつけるためではない。体力を維持するのが目的だ。
「無重量の宇宙では運動の負荷がかかりにくく、地上よりも長い時間が必要になるのです」。宇宙航空研究開発機構・宇宙飛行士健康管理グループ長の立花正一さん(51)は、そう説明する。
長いこと宇宙で運動しないままだと、無重量に体が慣れて筋肉や骨がどんどん衰えていく。ISSで半年すごした飛行士は、運動をしても筋力が20〜30%、骨量が6〜9%も落ちてしまうという。
宇宙では心肺機能も低下し、骨のカルシウムが溶け出すせいで腎臓や尿路の結石もできやすい。太陽からの放射線を遮る大気はなく、毎日の被曝量は、胸部X線写真を3枚撮影した量になる。
地上で飛行士の健康を支えるのは、立花さんのようなフライトサージャンと呼ばれる専門医だ。月1回の尿検査や2カ月に1回の血液検査の数値などをもとに、週1回、画面ごしに問診する。メンタルヘルスの問診も2週間に1回ある。
専門医と飛行士の交信を、第三者が聞くことはない。両者の信頼関係が大切になる。立花さんは、秋からISSに長期滞在する予定の若田光一飛行士と面会したり、メールや電話で頻繁にやりとりしたりして意思疎通を図っている。
立花さんが宇宙医学と出会ったのは、航空自衛隊の医官だった時のことだ。米国に留学し、米航空宇宙局(NASA)の講義や見学で興味をもった。5年前に旧宇宙開発事業団へ。「命がけで仕事に挑む飛行士の健康を陰で支え、頼りにされるのがやりがいです」
宇宙医学、すなわち宇宙にいるときの人間の身体の変化を研究した学問です。
宇宙には、誰しもが憧れるものです。宇宙飛行士として飛び立った人のなかには医師もいます。勿論飛び立った人だけがヒーローなのではなく、それを支える数多くの技術者もまた、ヒーローなのです。
一番知られている宇宙飛行時の変化といえば「ムーンフェイス」ではないでしょうか。
地球と宇宙で大きく異なること、それは「重力の有無」です。地球では重力によって足のほうに血液が溜まりやすくなっています。しかし宇宙では重力がなく、血液が均等に分布してしまうため、地球よりも身体の上半身に血液が多くなります。
その結果、顔は真っ赤にむくんでしまいます(これがムーンフェイスです)。腕や足の太さも顕著に分かるぐらい膨らんだり縮んだりします。
人類が宇宙へ行ってまだ数十年。宇宙旅行も将来的に可能になるかもしれませんが、そのためには宇宙医学の発達が必要不可欠です。