注射式の従来型ワクチンより使いやすく、はるかに高い効果が期待できる粘膜を刺激するワクチン。鼻に噴霧したり、食べるタイプの研究が地道に進んでいる。
ワクチンは、細菌やウイルスなどの病原体の毒性を弱めたり、一部を取り出したりした製剤。これを注入すると、発病せずに病原体に対して免疫ができる。
ただし、最も普及している注射型ワクチンは、感染自体を防いでいるわけではない。多くの病原体は、まず鼻や口、気道など呼吸器や腸など消化器の粘膜に取り付いて感染が成立、その後に全身の血中をめぐる。
注射型ワクチンは血中の免疫は増強するが、粘膜の免疫は強めない。ここで感染を防げないとなると、血中免疫に期待できるのは重症化の予防しかない。
しかもインフルエンザのように様々な流行株がある場合、血中免疫はワクチン株と外れると、効果が大きく低下する。これは免疫を担う物質(Ig)が血中と粘膜で異なるためだ。
この弱点を補うのが粘膜ワクチンだ。粘膜の免疫は病原体のタイプをあまり厳密に区別しないのが特徴で、ワクチンと流行株が違っても効果が期待できる。
ただし、気道の絨毛、腸管の粘液層など粘膜には異物の侵入に対する防御機構が備わっており、普通のワクチンと同じ成分では十分な刺激を与えにくい。そこで本来のワクチン成分以外に、効果を増強する物質を加える研究が、患者も多い呼吸器感染症を中心に、最近活発になってきた。
スイスの研究チームはインフルエンザの経鼻ワクチンとして、コレラや大腸菌の毒素を免疫増強物質として加えたものを開発したが、研究参加者の一部に顔面まひの症状が出て、開発は失敗した。
安全な経鼻ワクチン開発に取り組む国立感染症研究所の長谷川秀樹室長らは、様々な免疫増強物質を試み、2本の鎖状に人工合成したRNA(リボ核酸)にたどり着いた。RNAはDNA(デオキシリボ核酸)と同様に遺伝情報を担う物質だが、2本鎖のRNAは通常体内にない。RNAを持ったウイルスが増殖する時にだけ2本鎖RNAを作るため、その存在はウイルスの感染を示す目印になる。
これをワクチンに付加すると、粘膜にある免疫細胞は、病原体の感染時と同じ反応を、ワクチン単体よりも確実に起こし、免疫物質を作り出す。
ネズミの実験では、A香港型インフルエンザの増強経鼻ワクチンを投与。タイプの違うAソ連型ウイルスを致死量感染させても生存率は40%だった。普通のインフルエンザワクチンも、この方法で増強して経鼻型にすれば、猛威をふるう鳥インフルエンザウイルス(H5N1型)に対する抵抗力も飛躍的に高め、ネズミの実験では生存率が2倍になった。
腸管の粘膜免疫を標的にした「食べるワクチン」開発を進めるのは、東大医科学研究所の清野宏教授ら。
遺伝子組み換え技術を活用して、米にコレラ菌の毒素を作る遺伝子を導入。米のたんぱく質にワクチン成分が含まれるよう工夫し、粉末化する方法を考えた。
ワクチン成分が米のたんぱく質に守られて腸で消化されにくくなるうえ、常温で長期保存もでき、ワクチンの冷蔵設備が整わない途上国でも使いやすい。海外ではバナナやイモをワクチン化した例もあるが、水分が多く保存が難しかった。
ワクチン粉末をマウスに食べさせたところ、コレラ毒素を与えても下痢症状を起こさず、1年半保存した後でも効果を確認した。
清野教授は「世界保健機関も注射器が不要で保存しやすいワクチン開発を大きな課題に挙げている。日本は粘膜ワクチン研究では世界の先頭集団にいる。成果を発信していきたい」と話している。
おおー、カッコイイです。再生医療も活発化していますが、今世紀、最も力を発揮するのではないかと思われる「免疫」にも、注目していきたいところです。
体内にある抗体はIgGやIgMですが、粘膜に存在し効果を発揮している免疫物質はIgAです。インフルエンザは鼻や喉など、粘膜から体内に侵入しますが、その粘膜の免疫を高めることは注射では難しいとされてきました。注射によって全身に抗体を作っても、侵入経路は警備員がいないという状態です。
そこで!粘膜の免疫を強くしてやろうという試みが進んでいるわけです。侵入経路を強くすれば、たとえインフルエンザの型が年によって違っても、防ぎきれるというわけです。まさに「予防ワクチン」ですね。
世界中で、未だに多くの感染症によって大勢の人が亡くなっています。使いやすく、長持ちするワクチンを開発すれば、それだけで何千万人もの人が助けられます。免疫医学でリードしている日本に、これからも期待したいところです。
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