東北大名誉教授の松沢大樹(80)は、かなりの数の生きている人間の脳を、その目で“見て”きた「イメージング脳科学」の権威である。
MRI(磁気共鳴断層撮影)やPET(ポジトロン断層撮影)を用いた症例研究から、すべての精神疾患は脳内の「扁桃核」に生じる傷によって起きると結論づけているが、松沢によれば「深刻ないじめによっても、子どもたちの扁桃核に傷は生じている」と言うのである。
傷というのは、比喩ではない。本当の傷、つまり、脳にできた「穴」。「松沢の断層法」と名付けた独自の撮影方法によって、初めてその姿がとらえられた。
現在、総合南東北病院・高次脳機能研究所(福島県郡山市)に所長として勤務する松沢によると、深刻ないじめを原因に心の不調を訴えて来院してきた子どもたちにはすべて、扁桃核の傷が認められた。その数は最近3年間で100人以上に上るという。
扁桃核に傷がつくことで、精神疾患が起きる、とするのが松沢の説。症状から、うつ病や統合失調症と診断されたケースで、それぞれ特有の傷がみつかったが、その後、画像診断を重ねた結果、どの患者にも、両方の傷があることが明らかになったという。ただ、統合失調症より、うつ病の症状が優勢な場合には、扁桃核の傷のほか、隣接する「海馬」の萎縮も現れるとしている。
ある少女の場合は、外国人と日本人の両親の間に生まれ、その「人並み外れた美しさ」(松沢)のために中学、高校を通じて、いじめに遭った。15歳で発症し、自殺未遂を何度も繰り返した。断層撮影すると、やはり、うつ病と統合失調症に特有の傷が、扁桃核にそれぞれ認められた。
扁桃核は、脳底に左右対称に二つあり、傷も必ず左右対称に現れる。扁桃核一つの大きさは親指の先ほどで直径約15ミリ。形がアーモンド(扁桃)に似ていることから、その名がついたとされるが、松沢は「ハート形をしている」という。まさに“ハート”が傷つけられているわけだ。
そして、そうした傷は、病気の症状が消失するのと同時に消える。松沢によれば、治癒する時には、扁桃核に接する海馬にある神経幹細胞が増生し、傷を埋めたり、修復したりするそうだ。「ほとんどすべての人が適切な治療によって治癒することがわかってきている」という。
扁桃核に傷がつく原因については、「いじめを受けるなどの要因で、脳内の神経伝達物質のドーパミンとセロトニンのバランスが崩れるせい」と松沢はみる。
精神の安定や睡眠にかかわるセロトニンが減少し、快感や運動調節に関係するドーパミンが過剰になって毒性が現れるからではないか、とする。
好き嫌いなどの情動に関係する扁桃核のことを、松沢は「愛の神経核」と呼ぶ。
扁桃核に傷がつくと「愛が憎しみに変わる。さらに記憶認識系、意志行動系などおよそ心身のあらゆることに影響を与える」。
近年、技術開発と研究の進化が、それまでブラックボックスだった生きている人間の脳の内部を明らかにしつつある。そして、目には見えないと思われてきた、いじめによる「心の傷」までも。
松沢は、念を押すように繰り返した。「いじめは、脳を壊す。だから、いじめは犯罪行為、れっきとした傷害罪なんです」
なんとも不思議な話。極限のストレスで傷がつくということでしょうか。子供だったらありえない話ではないような気もしますね。もしかすると家庭環境だとか、親の愛情の屈折とかで人格障害などを発症した場合も、脳のどこかが傷ついているのかもしれません。うつや統合失調症でも傷がつき、それが画像によって診断でき、更には治療までできるというのはにわかには信じがたい話ですが、興味はありますね。
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