東京大学(東大)は12月13日、微量のダイオキシンを投与した母マウスから生まれたマウスを用い、独自開発の行動試験を行った結果、仔マウスが成長後に、脳の柔軟性の低下と集団行動の異常が生じること、そしてその背景に脳活動のアンバランスがあることを解明したと発表した。
同成果は同大大学院医学系研究科の遠藤俊裕 博士課程3年、同大学院医学系研究科 疾患生命工学センター 健康環境医工学部門の掛山正心 助教、同大学大学院医学系研究科 疾患生命工学センター 健康環境医工学部門の遠山千春 教授らによるもの。詳細はオープンアクセスの査読つきの科学雑誌「PLoS ONE」に掲載された。
近年、自閉症患者の増加、学校生活や社会への不適応行動の増加など、子どもの「こころの健康」の問題が教育・医療現場などにおける問題となっているが、その原因の1つとして、発達期に環境化学物質を体内に取り込んだことに伴う影響が示唆されるようになってきた。
ダイオキシンは、環境・食品中に広く存在しており、国際的に環境対策が合意されている残留性有機汚染物質(POPs)の一種。ダイオキシンの母胎への取り込みが、生まれてきた子どもの学習・記憶に影響を及ぼすことが疫学研究により示唆されているが、そのメカニズムは十分に解明されているとは言えない状況であった。
そこで研究チームは、ヒトの高次脳機能に相当する認知機能と社会性機能を調べることができる独自の行動試験技術を開発し、同大の研究科神経生化学専攻分野および生物統計学専攻分野の研究室との共同研究により、ごく微量のダイオキシンを投与した母マウスから生まれたマウス(ダイオキシン曝露マウス)について、体内にダイオキシンがほとんど無い状態のときに、この行動試験技術を用いて高次脳機能の調査を行った。
その結果、ダイオキシン曝露マウスは、行動習慣の習得はできるものの「逆転課題」の状況変化に対する適応性が低いこと、いわゆる状況の変化に対して、目的に即した適切な行動を素早く再構成する能力である「行動柔軟性」が低下していることが明らかとなった。また、これらのマウスは、報酬(飲水)獲得のための反応を繰り返す、不必要な「反復行動」も見られ、特に報酬(飲水)が得られた正解の場所において多く観察されたことから、欲求の抑制ができない時に生じるような行動パターンの異常だと考えられるという結論を得たという。
こうした行動柔軟性の低下、不要な反復行動は、高次脳機能の中でも「実行機能」という、目的達成のための適切な手段を選び自己をコントロールして適切な行動をとる脳機能システムが破綻していることに起因すると考えられるという。ちなみに、この実行機能の異常は、さまざまな精神疾患においても観察されるとのことである。
さらに、マウス社会性行動の指標も新たに開発。今回の行動試験では、試験装置1台あたり12匹のマウスを集団生活させ、行動パターン解析を実施した。1日のうち数分間だけ大勢で水飲み場を奪い合う社会的競争状況を作ったところ、ダイオキシン曝露マウスは、この社会的競争状況においてのみ活動レベルが低下することが確認された。このような症状は、報酬に対する欲求よりも、他者との接触に伴うストレスを避けているためと考えることができ、自閉症スペクトラム障害や不安障害を有する人における他者との接触を避ける傾向と似ている可能性があると研究チームでは指摘する。
化学物質と子どもの「こころの健康」の問題との関連性について、実験的証拠が提示されたことは、学術的意義が高いと同時に、地道な研究活動の積み重ねが社会貢献に向かって大きく一歩を踏み出したという点で、大きな成果だと言えるとしており、今後、化学物質と自閉症症状など発達障害の発症などの関連性に関する科学的議論が活性化することが期待されるとしている。
自閉症という脳の障害を化学物質の見地から解明したのは凄いことです。ダイオキシンとか、化学物質とか、環境ホルモンとか、言葉が一人歩きしていて何だかイメージつきにくいものですが、これがより具体的な根拠として提示できれば、妊娠前からの予防にも繋がるでしょう。