放射線を浴びたヒトなどの細胞は、ある条件下で放射線に対する“免疫”を持つようになる―。あまり知られていない現象だが、福井大高エネルギー医学研究センターの松本英樹准教授(56)=放射線生物学=は、この現象の鍵が一酸化窒素であることを突き止め、大量被ばく時の救急処置薬への応用を研究している。一連の成果で、本年度の日本放射線影響学会(会員約1千人)学会賞を受賞した。
細胞が放射線に対して抵抗性を持つ反応は「放射線適応応答」と呼ばれる。ワクチンで人体に病気への免疫ができるように、低線量の放射線を浴びた細胞が、次に高線量の放射線を浴びた際に死ににくくなる現象だ。1980年代に報告されていたが、詳しい仕組みはは分かっていなかった。
松本准教授は、細胞が被ばくすると、その周囲の無事な細胞にも被ばくしたのと同様の反応が広がる「バイスタンダー(傍観者)応答」を研究する中で、一酸化窒素に注目した。人が細菌やウイルスに感染すると細胞で作られ、異物を攻撃する物質だ。
ヒトの培養細胞を用いた実験を通して、放射線でも細胞で一酸化窒素が作られ、それが周囲に伝わることで、バイスタンダー応答が起こることを2001年に確認。しかも、活性酸素など別の物質で起こる同応答が、突然変異や染色体異常など不利益なものが多いのに対し、一酸化窒素では放射線への抵抗性という有益な反応だった。「放射線適応応答」の仕組みの一部である可能性が高いという。
10シーベルトの放射線を照射する実験では、0・2%の細胞しか生存できなかったのに対し、抵抗性を持った細胞は1%と、5倍多く生き残った。この抵抗性は100ミリシーベルト以下の低線量で生じるという。
詳しい仕組みはまだ分かっていないが、「一酸化窒素が引き金となり、細胞に放射線に対する抵抗性が生じる」と松本准教授。関係する一部のタンパク質を突き止めているという。
使用しているのは、体内で一酸化窒素を発生させる狭心症の治療薬。「マウスにX線を照射し30日後、狭心症薬を投与しなかった場合の生存率は4割未満だったのに対し、投与したマウスは8割が生き残った」。薬剤の投与により、被ばくで損なわれた免疫機能、造血機能が回復しているという。
松本准教授は今年9月の学会で表彰された。死者2人を出した茨城県東海村臨界事故(1999年)や、福島第1原発事故を念頭に「多くの放射線防護剤と違い、事後の投与でも効果が期待できることが利点。X線だけでなく中性子線でも同様の効果が得られるか確認するなどし、製品化を目指したい」と話している。
東日本大震災以降、放射線に関する正しい知識を世間に伝えているという点では放射線科医の尽力は目覚ましいものがあります。今回の研究も、放射線に対する予防という意味で結構大きいものになるんじゃないでしょうか。