2006年11月15日

親が養育できないとした新生児を受け入れる「赤ちゃんポスト」

養育できない新生児受け入れ、病院に「ポスト」設置へ

 熊本市の医療法人「聖粒会」が運営する「慈恵病院」(蓮田晶一院長)が、親が養育できない新生児を受け入れる「赤ちゃんポスト」の導入を決めた

 全国初の試みで、年内にも開設する。病院側は「中絶や置き去りで子どもの命が失われるのを防ぎたい」と説明するが、親の養育放棄や捨て子を助長するとの批判もある。

 同病院によると、ポストの名称は「こうのとりのゆりかご」。敷地内の病棟の外壁に穴(縦約45センチ、横約65センチ)を開けて「窓口」を新設。窓口内にはマットを敷いて親が新生児を寝かせることができるようにし、室温は、保育器と同じ約36度に保つ。新生児が置かれるとセンサーで感知し、24時間態勢で看護師らが待機するナースステーションのライトが光って知らせ、医師や看護師が体調チェックなどにあたる

 その後、警察に届け出たり、行政と協議したりしながら、乳児院に預けることや、里親登録制度を活用することなどを検討する。親が思い直し、引き取りを望むことも想定し、窓口には同病院の電話番号などを記載した文書を置く。

 ドイツでは同様の窓口が60か所以上で設置されているといい、同病院の産婦人科医らが2004年、現地に赴いて実情を視察。国内でも必要と判断し、準備を進めていた。

 親が新生児を置き去りにした場合、保護責任者遺棄罪に問われるが、同病院の説明に対し、熊本県警は「生命の安全を図るための措置で、保護責任者遺棄罪には当たらず、問題はない」との見解を示したという。開設に伴う施設変更届を市保健所に提出すれば工事を始められる。

 同病院の徳光正敏・事務部長は「中絶や置き去りなどで子どもの命が失われることを防ぎ、同時に中絶でダメージを受ける母親を救うためにできることをしたい」と話している。

 一方、赤ちゃんポストに詳しい大阪大の阪本恭子特任研究員(哲学・生命倫理)は、「ポスト自体に反対ではないが、親や生い立ちなどを知ることのできない子どもの心のケアも必要になるだろう。安易に子どもを手放す親を増やし、保護責任者遺棄という犯罪をほう助しかねない恐れもある」としている。

 慈恵病院は、1898年(明治31年)にキリスト教の神父らが開設した診療所を母体に、医療法人聖粒会が1978年、熊本市に設立した。産婦人科、内科、外科などがある総合病院で、病床数は98床。中絶手術を行っていない。

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 ドイツでは既に普及している、この「赤ちゃんポスト」ですが、数年前に私が知ったとき「これ日本にもできないかな」と思ったものです。

 勿論、親の「捨てる」という意志を安易なものにしがちだと思われるかもしれませんが、それは果たして赤ちゃんポストを否定する材料になりうるのか。育児疲れなどで子供を捨てたいと思うケースは多々あれど、本気で捨てたいと思うほど子供を憎んでいるのなら、その親のところにいるメリットはないのではないか。(捨てたことを後悔したのであれば病院に連絡いれればいいわけです)

 実の親のところが一番、などという観念がまかりとおっていたために、人格障害などの精神症状を呈する大人が増えてきているのではないでしょうか。別にいいんですよ、親なんか。そりゃあまともに育てられた大人なら、子供もまともに育ちますけど、そうじゃない親のところにいて虐待されるようなことがあるのならば、さっさと離してしまったほうがいい。それも取り返しのつかないことになる新生児のうちに。どうも「親中心」の考え方をしている人が多すぎる。

 この慈恵病院の行いは、「一歩前進」であると思います。あとは社会が、「親のない子供でも、人格障害などを呈さずにまっすぐ育つにはどうすればよいのか」を考え、システムを作るだけです。まあそのためには親がいない子供に対する偏見を取り去るのが第一ですが。

 まず命ありき、と子供を中心とした考え方の慈恵病院に拍手。


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posted by さじ at 08:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小児
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