日本医師会は、医師養成制度の改革案について、2011年1月に発表した「初期臨床研修は、原則、出身大学の所在する都道府県で行う」との提案を撤回し、「出身大学に設置された臨床研修センターに軸足を置きつつ、研修希望者の意思を勘案し、地域を定めず研修先を決定する」との方針に転換したと発表した。
三上裕司・常任理事は、初期臨床研修を原則、出身大学の所在都道府県で行うとした案に対し、都道府県医師会や関係団体から反対意見が多く上ったと説明。また、一般教養を「医学教養」として見直すとの提案にも、リベラルアーツの重視を求める指摘があり、見直しを行ったとした。
【石川県代議員・紺谷一浩氏の質問(個人質問)】
医師は、患者・地域住民の健康と命を守る極めて倫理性の高い職業であり、医学教育においては、広くリベラルアーツを学ぶことが極めて重要。日医の医師養成改革案では、一般教養を見直し、医学教養とするとしている。リベラルアーツに充てる時間が全く担保されておらず、深い思索・探求力を陶冶することが事実上困難。
また、医学部教育6年間、初期臨床研修2年間を出身大学の所在都道府県で行うとのことだが、大学医学部の設置状況と国民の生活区域、住民数はミスマッチしており、さらに高等学校終了時という未成熟な若者に、8年間の行動様式を強要することになる。現在の医師不足・偏在を解消するために、研修医の行動を拘束することはナンセンスである。医師偏在の解消が大きな動機であり、医師の生涯教育の観点が抜け落ちている。
【三上裕司・常任理事の回答】
医師養成についての日医案は、1月に提示した段階では、今後、検討を深めることを前提としていた。しかし、その説明が不十分であり、成案として受け止められ、混乱を来たしたとすれば、誠に遺憾であり、お詫びする。都道府県医師会・関係団体から様々な批判を含む意見をいただいた。
リベラルアーツの重要性について、立花隆氏は、「リベラルアーツはバランスの取れたジェネラルな知識を与えることで、物事をトータルに見ることができる人間を育てようとすること」(1997年『知的亡国論』)と述べている。また、病院団体からも、「面接の際、研修医にリベラルアーツが欠けていることを実感する」との意見があった。そこで、医師がリベラルアーツを学ぶことの重要性に鑑み、「一般教養のあり方を見直し、大学6年間を通じたリベラルアーツ教育により、医師としての資質を涵養する」と変更した。
出身大学の所在都道府県で医学部・初期研修の8年間を過ごすことについては、医師の地域偏在を解消し、若手医師が地域医療を担ってくれることを期待したものだった。しかし、これには賛成もあったが多くの批判もあった。そこで、「研修希望者は、出身大学に設置された臨床研修センターに登録し、臨床研修センターは研修希望者の意思を勘案し、地域を定めず研修先を決定する」との内容に修正した。研修希望者は、母校に軸足を置きつつも、希望する研修機関で体系的な研修を受けることができる内容の提案とした。
【北海道代議員・畑俊一氏の質問(ブロック代表質問)】
次の3点について、どのように考えるか。(1)将来の状況変化を踏まえた適正医師数、(2)女性医師の活用、(3)医師の地域偏在・診療科偏在にいかに取り組むか。
(1)日医は、昨今の医学部定員増、またわが国の人口減により、医療需要に対処できる一定の医師数は確保できると推計している。しかし、高齢化による有病率・重症率の上昇、医療の高度化、在宅医療推進、プライマリケア医・臓器別専門医の割合、女性医師の活動度合いなど、従来の人口1000人当たり医師数という概念を超えた考慮が必要となり、医師養成数のあり方について弾力的な対処が求められる。
(2)女性の医学部入学者・29歳以下の医師に占める割合が増加しているが、ワーク・ライフ・バランスの確率していないわが国において、女性医師の勤務環境は過酷。現実に、地方で勤務しない、ハードな科を選択しないなど、医師不足・医師偏在の問題に、女性医師の問題が大きく関わっていることは事実。女性医師が希望を持って働く環境を整備しなければ、医師養成数は確保されても、実働医師数は増えない。
(3)医師養成制度改革案における、「原則として出身大学の所在都道府県で初期臨床研修を行う」との考えは、医師の地域偏在解消の糸口となる、説得力のある案と思われる。しかし、現状では、地方では優秀な学生が中央を目指し、地元医学部受験を避ける可能性が危惧される。また、既に都道府県の枠組みを越えて医療連携が進んでいる地域もあり、時代に逆行しているとの意見もある。
【羽生田俊・副会長の回答】
(1)適正な医師数の基準は、総論的には人口1000人当たり医師数であり、現在日本は2.2人(OECD加盟33カ国中30位)。OECD平均の3.1人をまずはクリアしたい。地域における必要医師数は、年齢構成、疾病構造、面積・地形、人口分布、医療機関数・形態、診療科分布、患者ニーズの変化などによって異なる。複数因子を考慮しつつ、必要医師数の見直しを適宜行っていく。必要医師数の実態把握について、日医の「医師確保のための実態調査」(2008年)、厚生労働省「病院等における必要医師数実態調査」(2010年)では、いずれも「現状の1.1倍程度の医師数が必要」との結果だった。しかし、これらはあくまで現状の必要数の調査。勤務医の過重労働を緩和し、あるべき医療を提供するための必要医師数については、今後、継続的に調査・把握し、それに応じた見直し・提言を行っていく。
(2)今年度の医師国家試験では、女性医師の割合は32.5%。女性医師が妊娠・出産・育児を理由に離職してしまうことがないよう、勤務環境整備・支援策が肝要。女性医師の勤務環境改善は、男性医師の勤務環境改善にも繋がることは周知の事実。確かに、女性医師の診療科別医師数比率では、外科系・救急医療などが低い傾向となっている。しかし、医師不足、勤務医の過重労働、不確定要素の多い医療への国民の過剰な期待、医療事故責任追及への恐れなどから、若い世代の男性医師も、勤務が過酷であり、リスクの高い診療科を回避するようになってきており、仕事よりも自身の生活を優先する傾向がある。そもそも医師偏在は、長年の医療費抑制策が主因。今後も医師の勤務環境改善に全力で取り組む。
(3)改革案発表後、各都道府県医師会などから意見をいただき、見直しを行った。当初、「原則、出身大学の都道府県で初期臨床研修を行う」としていたが、「出身大学に軸足を置きつつも、研修希望者の意向を勘案し、出身大学の都道府県以外も含めて研修先を決定する」と、弾力性を持った内容に変更した。初期臨床研修を成果あるものにするために、医師会・大学・医療機関・行政・住民の参加による「医師研修機構」の創設、卒業生の軸足となるべき出身大学の臨床研修センターを置くとの方針には変わりはない。また、臨床研修の定数は卒業生と概ね一致させる必要があると考えている。
まあどこで研修しても大学病院ならば同じだと思いますが、研修医がそこを選ぶような魅力的な病院づくりが必要ではありますね。
女性医師問題は難しい。出産後に受け入れる体制が整っているかというと、そうではないですよ、実際。いくら「頑張ってる」といっても、そこまで気にかけられないという病院は多いのでは。
まあそれは病院のせいではないんですけどね。病院が赤字になってしまうような医療政策なのがいけないのであって。保育施設を作るとか、そういう費用を当たり前のようにどんどん使えるような病院ならば女性医師もそこで働けるんですけれどもね。難しいが。