国内初となる15歳未満の小児の脳死判定が4月12日に行われ、翌13日から各地で移植手術が実施された。改正臓器移植法が施行されて9か月目のことだった。改正法で可能になった小児からの臓器提供では、虐待の有無の確認のためのマニュアル作成など、医療機関に新たな体制整備が求められた。また、小児の臓器提供は家族の同意を得ることも成人に比べ難しく、これまで提供事例はなかった。移植事例が出たことで、小児の臓器移植をめぐる状況は変わっていくのか―。日本臓器移植ネットワークの提供施設で、小児からの臓器提供への体制も整えている東邦大医療センター大森病院で移植医療に携わる佐地勉医師に話を聞いた。
―国内初となる小児の移植事例をどのように受け止めましたか。
報道で世間にも注目されたので、改正法が施行された昨年のうちに1例は出るかと思いました。9か月かかったということは、改正法の社会的な周知や病院側の受け入れ体制が十分でなかったということだと思います。
―改正法施行から9か月たちますが、小児の臓器提供に対応している施設が少ないように感じます。
そもそも臓器提供をするには、最大限の救命治療をした結果、脳死という状態になり、その上で脳死判定を適切に2回行うことが必要です。臓器提供の際には、マスコミへの対応なども考えると、事務職員も含めて50人ぐらいのチームが必要になります。そのレベルで、スムーズに対応できる施設はそれほど多くありません。
加えて、小児の救急医療が可能な施設が少ないことも理由の一つだとわたしは感じます。小児科医が当直していない施設に搬送されても、救命治療や脳死判定には対処できません。仮に小児科医がいても、その専門領域が救急医療にほとんど接しない分野だった場合には、適切な対処はできません。このように、小児の臓器提供に対応できる施設や医師、そして時間も限られてくると思います。
―成人と比べ、小児への対応の難しさは何でしょうか。
子どもの臓器は成人と比べて小さいだけでなく、特徴的なこともたくさんあります。臓器自体が発達中なので、性質も大人とは違います。単純に大人の“ミニ版”というわけにはいきません。同じ心臓外科でも小児を専門とするかしないかで、知識や技術、そして経験が異なります。普段、小児医療に携わっていない他科の医師は、小児の脳死判定や臓器摘出を「できない」とか「責任を持てない」と返答することも多いと思います。
―小児の臓器移植をめぐっては、虐待の有無の確認の難しさも指摘されています。
臓器提供の場において「虐待の疑いが晴らせない限り、臓器提供はできません」と、両親が悲しみの極致にある時に簡単に伝えることができるでしょうか。それは臓器提供の意思を多少なりとも否定することになるのではと感じます。今回の小児移植のケースは交通事故でしたが、その点については警察も確認すると思います。臓器提供や司法解剖をすると死因が分かってしまうので、そもそも虐待した親は臓器提供には簡単に同意しないと思います。
ただ、今まで脳死判定のための虐待の確認をやったことがないから、「できない」と回答する医師や施設がまだ多いのではないでしょうか。経験がないのに、簡単に「できる」とは言えないと思います。
―小児の移植例を増やしていくために、対応できる施設を増やす必要はないのでしょうか。
個人的には臓器提供施設をそれほど増やす必要はないと感じます。正しく脳死判定するためには、一般の市中病院では難しいのではないでしょうか。医学的なレベルを維持するためにも、総合的な設備を兼ね備え、熟練した医師がいる総合的な施設で対応すればいいと思います。
―小児の移植を進めるためには、どうすればいいのでしょうか。
移植事例について、学会などで「こういう症例が申請されたけど、どう判断しますか」「移植の適応に合致しますか」など、意見交換する場面がもっとあったらいいと感じます。それは、医師だけでなく、看護師やコーディネーターたちも同様に、それぞれの部門で意見交換すべきだと思います。今回の小児移植事例は、今後、よりスムーズな移植に近づくために何をすべきなのかを議論するきっかけになるのではないでしょうか。
―そのコーディネーターが不足しているという話もよく聞きます。コーディネーターを増やすにはどうしたらいいのでしょうか。
コーディネーターの研修会を増やし、専門職を与えるなど、地道な努力が必要になると思います。臓器によっても、そしてドナーコーディネーターかレシピエントコーディネーターかでも異なります。ただ、コーディネーターをやりたいという人を増やすには、今回の小児移植事例をはじめとした歴史が引っ張っていかなければならないと思います。小児移植事例が出たことにより、今後、小中学校の授業で、生と死に関して取り上げられるようになるかもしれません。まずは、考える機会を与えるのもいいと思います。中には、授業でやったからコーディネーターになってみようと思う人もいるかもしれないですよね。バランス良くネガティブファクターを減らしていくことが、今は重要だと思います。そういった面では、マスコミの中立な報道も重要だと感じます。
日本の報道で感じることは、あまり臓器提供をした家族の勇気をたたえていないことです。小児移植の第一例なので、家族にも相当プレッシャーが掛かっていたと思います。それを、「本当に承諾されているのですか」「虐待はなかったのですか」「救急救命措置は行われたのですか」などの質問は、両親が聞いたらどう感じるでしょう。日本での歴史を変えるような勇気を出したのに、それ以外のことで疑惑を投げ掛けられているわけですから。「何人もの子どもの命を助けるために、立派な決断をした」と、たたえる言葉が一言もないのです。わたしは、臓器提供を“密室の協議”などと評するのは腹立たしいと思います。個人的には、一部の報道は中立ではないように感じます。もっと、家族の善意と、大切な臓器を届け移植手術に携わった何百人もの医療関係者をたたえる報道をすべきだと思いますよ。
―小児の移植例は今後増えていくのでしょうか。
臓器移植はドナー側の問題だけではなく、レシピエント側も含めてさまざまなステップが必要なので、大幅に増えることはないと思います。レシピエント側も、大まかな年齢や病院名など、ある程度情報を公開することになりますし、登録自体をためらう親もいますしね。移植事例が増えていくためには、医療現場だけの問題ではなく、インフラの整備や社会全体の理解、啓蒙などが必要になってくると思います。
ただ今回の事例を受けて、家族に臓器提供に踏み切る勇気が出てくるとともに、移植への理解も進むと思いますので、わたし個人としては年内にあと2、3例は提供事例が出ると思っています。
色々考えさせられるニュースでした。
確かに、提供を決意して下さった家族に対して、日本は冷たすぎる。もともと臓器移植に保守的(それでも自分や家族が臓器を必要とするときになって初めて、臓器移植を考えるんでしょうけれども)な日本で、しかも子供の移植で、もっと家族側の声を重視してほしかったところはありますね。
医学処は、臓器提供に賛同してくださったご家族を応援しています。