厚生労働省の25日の発表によると、合格したインドネシア人候補者は、08年に来日した13人と09年に来日した2人と、09年に来日したフィリピン人候補者1人。日本人も含む全体の合格者は4万9688人で、合格率は91.8%だった。
しかし、EPAによる看護師候補者は398人が受験したものの、合格率は4%と、昨年の1%に続き、1ケタにとどまった。
試験問題の日本語が難しいという指摘もあり、今年度から病名に英語を併記するなど問題文を工夫。来日3年目になるインドネシア人候補者の合格率が14.3%に上がったことから、厚労省の担当者は「一定の効果があったと思う」と話す。
協定では、3年間の日本滞在中に日本の看護師国家試験に受からないと、帰国しなければならないとしている。ただ、菅内閣は、08年に来日したインドネシア人候補者について、今回の国家試験に落ちても、試験成績や本人の意欲など一定の条件を満たせば、さらに滞在期間を1年延長できることを決めている。
永生病院(東京都八王子市)のインドネシア人、デウィ・セップティヤスリニさん(27)は、図書室のパソコンで合格を確認した。拍手がわき起こり、職員に抱きしめられると、大粒の涙がこぼれた。「プレッシャーはあったけれど、今は本当にうれしい。みなさんが応援してくれたおかげ」と喜ぶ。
中学生のころに入院した病院の看護師に憧れ、大学を卒業後、母国で2年間、看護師として働いた。3年前の8月に来日したが、過去2回の試験は不合格。EPAに基づく滞在期間は3年間で、今回が最後のチャンスだった。
昨春から病院の支援も受けて予備校に通い、秋からは1日12時間の猛勉強。「今度だめなら、帰国する」と背水の陣で臨み、夢をつかんだ。
外国人看護師16人合格 挑戦3年、猛勉強実り大粒の涙
経済連携協定(EPA)に基づきインドネシアとフィリピンから受け入れた看護師候補者のうち、16人が国家試験に合格した。厚生労働省が25日発表。昨年の3人から増えた。日本人を含む全体では92%が合格したが、EPA関係の合格率は4%にすぎない。
3年前に第一陣として来日し、この夏に滞在期限を迎える91人のインドネシア人では、13人が合格した。その1人、永生病院(東京都八王子市)のデウィ・セップティヤスリニさん(27)は、図書室のパソコンで合格を確認。拍手がわき起こり、職員に抱きしめられると、大粒の涙がこぼれた。「プレッシャーはあったけれど、今は本当にうれしい。みなさんが応援してくれたおかげ」と喜ぶ。
中学生のころに入院した病院の看護師に憧れ、母国で2年間、看護師として働いた。来日後、2回の試験を受けたが不合格。EPAに基づく滞在期間は3年間で、今回が最後のチャンスだった。昨春から病院の支援も受けて予備校に通い、秋からは1日12時間の猛勉強。「今度だめなら、帰国する」と背水の陣で臨み、夢をつかんだ。
外国人には試験問題の日本語が難しいという指摘もある。今回から病名に英語を併記するなど工夫し、厚労省の担当者は「一定の効果があったと思う」と評価。ただ、候補者を指導してきた病院側からは「いまの制度では病院の負担があまりにも大きい。受験機会を増やすなど、環境を改善してほしい」という声も上がる。期限を迎える不合格者について、菅内閣は滞在期間の1年延長を認めるが、試験結果や本人の意欲など一定の条件をつける考えだ。
色々問題はあるでしょうけれど、合格したとき、周りの医療スタッフに祝福されている彼女をみたとき、「大丈夫だな」と思いました。
あとは「患者側」かな。
性格のきわめて悪い患者に何かされないといいんですが・・・。
あとは、こういうやる気のある看護師をいかに多く増やしていくか、ですね。
合格したのはインドネシア人2人とフィリピン人1人で、受け入れ事業が始まってから初の合格者となった。しかし残りの251人は不合格となった。全員が母国ですでに看護師の資格を持っているので、日本語が壁になったとみられる。同じ試験を受けた日本人受験者の合格率は約90%だった。
我々日本人は、英語を通して世界中の人々に理解されている。
かな・漢字を通して理解を得ているわけではない。
我が国の開国は、英語を通して日本人が世界の人々から理解してもらえるかの努力に他ならない。
我が国民のメンタリティを変えることなく、ただ、法律だけを変えて交流したのでは、実質的な開国の効果は得られない。
鎖国日本に開かれた唯一の窓ともいうべき英語を無視すると、我が国の開国も国際交流もはかばかしくは進展しない。
この基本方針にしたがって、我々は耐えがたきを耐え忍びがたきを忍んで、万世のために太平を開く必要がある。
http://koshin.blog.ocn.ne.jp/koshinblog/2011/02/nago_7890.html