「あなたはどういう状態で生き、どのように旅立ちたいですか」−。富山県の射水市民病院で明るみに出た延命治療の中止問題は、終末期医療に統一ルールがなく、現場に混乱のある実態を改めて浮き彫りにした。
愛知県西尾市の特別養護老人ホーム「せんねん村」では入居者と家族、職員らが話し合い、本人の意向をできるだけ反映する「最期の迎え方」を模索している。
2003年11月、入居者の男性=当時(92)=が静かに息を引き取った。「眠るように逝ったね。よかったね」。家族は口をそろえて話したという。肺炎を患っていた男性と家族の希望は「自然な形で最期を迎えたい」。病院搬送や人工呼吸器の装着はせず、早朝、息子らがみとる中、希望通り旅立った。
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今日たまたま映画「ミリオンダラー・ベイビー
人工呼吸器を外してほしいと本人が強く望んでいるとき、一体どうすればいいのか。人生最良の時を知ってしまった人からすれば、その時を失うのが怖いはずです。「生かすということは、殺すということ」。この矛盾に対して出した答えは、映画でご覧下さい。
私が見ていて思ったのは、もう悔いのないような人生を送り、絶望的な状態に陥って自身が死を望んだときに、サポート(人工呼吸器のスイッチを切り、薬物を注射)してくれる人がいれば、幸せだろうなぁということです。倫理面はさておきね。