2006年04月02日

映画「ミリオンダラーベイビー」と尊厳死

終末期医療「自分が決める」=意向反映へ模索−特養ホーム「指定書」用意・愛知

 「あなたはどういう状態で生き、どのように旅立ちたいですか」−。富山県の射水市民病院で明るみに出た延命治療の中止問題は、終末期医療に統一ルールがなく、現場に混乱のある実態を改めて浮き彫りにした。

 愛知県西尾市の特別養護老人ホーム「せんねん村」では入居者と家族、職員らが話し合い、本人の意向をできるだけ反映する「最期の迎え方」を模索している。

 2003年11月、入居者の男性=当時(92)=が静かに息を引き取った。「眠るように逝ったね。よかったね」。家族は口をそろえて話したという。肺炎を患っていた男性と家族の希望は「自然な形で最期を迎えたい」。病院搬送や人工呼吸器の装着はせず、早朝、息子らがみとる中、希望通り旅立った。

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 今日たまたま映画「ミリオンダラー・ベイビー」を見ました。ボクシングの世界でのし上がってタイトル戦で勝っておしまいかなと思っていたのですが、むしろそこから映画が始まったと言っても過言ではないほどでした。

 人工呼吸器を外してほしいと本人が強く望んでいるとき、一体どうすればいいのか。人生最良の時を知ってしまった人からすれば、その時を失うのが怖いはずです。「生かすということは、殺すということ」。この矛盾に対して出した答えは、映画でご覧下さい。

 私が見ていて思ったのは、もう悔いのないような人生を送り、絶望的な状態に陥って自身が死を望んだときに、サポート(人工呼吸器のスイッチを切り、薬物を注射)してくれる人がいれば、幸せだろうなぁということです。倫理面はさておきね。


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posted by さじ at 02:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | NEWS
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