2006年03月27日

「先生は宝でした、この町の」

せたな町村上医師 最後の診療

  村上智彦医師。病気を治すだけでなく、病気にさせない「予防医療」への取り組みで町民たちの信頼を集めてきました。

 しかし、おとといが、せたな町での最後の診察となりました。村上医師は、旧瀬棚町で肺炎の予防接種に公費からの補助を実現させるなどマチをあげた予防医療のシステム作りを先導してきました。しかし去年9月、市町村合併により誕生した「新せたな町」は財政難を理由にこれまでの先進的な「予防医療」の継続を断念しました。村上医師はマチの財政が厳しいからこそ、医療費の削減につながる「予防医療」は必要だと主張。しかし、マチの考えとの溝は最後まで埋まることなく、村上医師はマチを去る決意をしたのです。旧瀬棚の町民たちは先月、村上医師が残ることと、新しい町長に考え方をあらためることを求め署名活動を行いました。旧瀬棚の人口2700人を大きく上回る4675人もの署名を集め、マチに提出しましたが、町民の願いは届きませんでした。そしておととい、診療所には別れの挨拶をしようと多くの町民がやってきました。

 (患者)「先生、寂しそうな顔でした。まだまだ言いたい事あったんですけど」「こんないい先生2度と会えない。先生は宝でした。この町の」

 (村上医師)「残る人も、去る人もがんばりましょう。私は何年か後にまた北海道のへき地で仕事してますから絶対どこかで会えると思います。頑張って仕事しましょう。いいと分かっていても出来ない事もあると学んだ。新しい先生が来たくなるような環境を作って、予防医療の実践を続けて欲しい」

 診療所を去った村上医師は、今月でマチも去ります。せたな町が失うもの。それは、ひとりの医師だけではないのかも知れません。

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 住民に愛された医師がいなくなってしまう。他のところを削る…わけにもいかないか。市町村の財政については詳しくないし、新せたな町の町議会がどんなメンツなのかも知らないし…。

 ああでも旧瀬棚町の地区を診療している村上医師が他の地区を見ることはできないから、新せたな町の別の住人(もしくは別の町の議員)が面白くないのかもしれないなぁ。深読みしすぎですか?
 
 村上所長は一九九九年、同診療所に着任。肺炎球菌ワクチンの公費助成を全国で初めて導入するなどの取り組みで全国的に注目された。財政難のせたな町の予防医療や、医師確保に対する考え方の違いから、三月末での辞職願を提出していた。

参考:北海道新聞 村上所長が最後の診療


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posted by さじ at 03:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | NEWS
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