2006年03月26日

人間が、人間らしく死ぬ権利

尊厳死:法制化反対の集会 がん患者団体など200人参加

 法律で尊厳死を認めようとする動きに反対する市民集会が25日、東京都内で開かれた。弁護士や哲学者、医師らでつくる市民団体「安楽死・尊厳死法制化を阻止する会」の主催で、難病やがんの患者団体などから約200人が参加。「尊厳死の法制化は治療法のない難病患者らに死を選ばせる暗黙の圧力を生む」などの意見が相次いだ。

  交通犯罪の被害者になった家族の延命治療中止を選択した遺族が「家族を殺したのは自分ではないかという気持ちが強い」と、複雑な心情を明かす場面もあった。

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 尊厳死を選ぶかどうかは、その人の価値観だと思います。ここで取り上げられている尊厳死は、想像を絶するほどの痛み(よく『人格が吹き飛んでしまうほど』と表現されます)を受けている患者などに適用されますよね。その人達に、痛みに耐えれば偉いとか、苦しくても生きなきゃダメだとかいうのは、なんかどうも子供じみた説法という気がしてならないのです。

 心が強いとか、弱いとか、そういう問題ではないと思います。私の母は幼い頃から、「意識が戻らないのにチューブだらけで生きながらえるのは嫌だ」と言っています。でも母は命を軽はずみに扱っているわけではありませんし、病気と向かい合う強い意志がないわけではありません。ですがそういったことの一歩先に、尊厳死の必要性が見えてくるんだと思います。私個人のイメージでは、尊厳死を望む人は、悟りを得た人に近いのかもしれません。

 人格がなくなるほどの痛みに晒されてまで生きることを強いられるというのは、それこそ人権侵害になりはしないでしょうか。人間らしく死ぬことが、そんなに悪いことなのでしょうか。

関連:コンプレックスプール 見舞いに行く


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posted by さじ at 02:50 | Comment(1) | TrackBack(0) | NEWS
この記事へのコメント
生命の化学!相互的反応が良好な関係性に位置付けを尊厳死、尊厳的に生きる!知識も大切当然に人の知恵が活かされない知恵が足りない私達になってはいけない
Posted by みか at 2010年04月25日 20:12
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