急速にその数を増やしている寄生バクテリアがいる。このバクテリアは、宿主を性転換させて単為生殖化を引き起こすだけでなく、宿主を“気味の悪い怪物”に変身させてしまう。このような大惨事ともいえる生殖異常を引き起こす仕組みが最新の研究で解明された。その方法とは、免疫系を停止させることだという。
キョウソヤドリコバチをはじめとする寄生ハチ3種のゲノムを初めて解読した研究者チームによると、バクテリアの一種であるボルバキアはハチの遺伝子を操作し、バクテリアの侵入に対して警報を発するタンパク質を抑え込んでしまうという。その結果、バクテリアに対する防御機構が機能せず、ボルバキアは悪事を働くことができる。
この仕組みは、ボルバキアが宿主とするダニやクモ、線虫などの昆虫への感染でも使われている可能性がある。これらの生物すべてにおいて、宿主の生殖システムが改造される現象が起きているのだ。その結果は実に奇妙で、明らかにオスを不要とする生殖戦略が取られている。
ボルバキアに感染したオスは、生殖能力のあるメスに性転換するか命を奪われる。メスの場合はオスを必要とせず、単独で子を作らせる。また感染したオスの精子は、非感染のメスと交配しても正常に受精できず子孫を残せない。
オスがこれほどひどい仕打ちを受けるのは、ボルバキアは最小限の細胞質しかない精子に潜り込めないためだ。卵子に感染したメスのみがボルバキアを子孫に伝えることができる。
「人間の世界ではSFかもしれないが、昆虫の世界では正真正銘の現実だ」と、アメリカ、テネシー州のヴァンダービルト大学で生物学の教授を務めるセス・ボーデンスタイン氏は話す。同氏は今回の研究を行った国際コンソーシアムの一員である。
ボーデンスタイン氏が“性の操り人形師”と呼ぶボルバキアは、フランケンシュタイン張りの改造を宿主に行うことで、ほかの寄生生物より優位に立っている。宿主を殺すことなく繁殖できるため、宿主の繁殖とともに宿主の子孫へと広がっていくチャンスが大きいのだ。
ただし、ボルバキアの仕事は常に正確なわけではない。時には中途半端に終わり、半分オスで半分メスという“気味の悪い怪物”を作り出すことがあるという。
ボルバキアが遺伝子に破壊行為を仕掛ける正確な方法はわかっていない。ただし、ボルバキアが単に感染するだけではなく、宿主のゲノムに自身の遺伝子の一部を移しているのは確かだ。
例えば、蚊に遺伝子を挿入し、マラリアの原因となるバクテリアへの耐性を持たせる方法は既にわかっている。ただし、この遺伝子をすべての蚊に広げる効果的な方法は見つかっていない。
このような遺伝子をボルバキアのゲノムに組み込むことができれば、ボルバキアが“自動機械”の役割を果たし、蚊から蚊へと遺伝子が伝わるかもしれない。ボーデンスタイン氏は将来的な用途に期待しつつ、「基礎科学の見地からも非常に興味深い。バクテリアのように単純な生物が複雑な宿主の性や生殖を操作できるなんて」と今回の研究成果を喜んでいる。
ボルバキア、頭良すぎですね。
人の場合は、免疫機能をもつT細胞に感染するHIVも頭がいいと思いましたが、このボルバキアは生存・繁殖という意味では最高峰に頭がいいです。
激しい症状を出して宿主を殺すわけではなく、しかも一緒に繁殖することで徐々に拡大していくという・・・もし人間がこういったものに感染したらと思うとゾッとします。まさにSFというか漫画(レベルE)の世界ですね。
逆に応用が効けば、マラリアなどの、蚊を媒介とする感染症に有効でしょう。媒介動物の駆除、という意味では繁殖して殺すことのできるボルバキアが最適ですし。もしかすると応用されるのかもしれませんね、これ。確かに以前、当医学処でも蚊の遺伝子を変異させて殲滅するニュースを取り上げたことがありますが、それ以上に安全・確実です。