たった1つの遺伝子に手を加えただけで、世界で最も賢いラット“ホビー・J”が誕生したという最新の研究が発表された。同様の遺伝子操作で人間の知能も大幅に向上する可能性があるが、知能が高すぎることが本人のためになるとは限らないと科学者は警告している。
『アルジャーノンに花束を』や『ニムの秘密』など、映画や小説の世界では以前から科学の力によって驚異的な知能を得たネズミが登場するが、この“ホビー・J”はフィクションではない。
今回の研究対象となったラットは記憶を保持できる時間が、同種で最も賢いとされるラットの3倍になったという。ホビーは主に記憶力の向上によって、複雑な課題をほかのラットよりもはるかに上手にこなすことができた。例えば、ラットの知能を測定する代表的な手法である、断片的な手掛かりだけを頼りに迷路を通ってエサまで到達できるかを調べるテストなどだ。
ジョージア医科大学のジョー・Z・チェン氏が率いる研究チームは、まだ胚の状態だったホビー・Jに対して、脳細胞間で伝達される情報量の制御に関わるNR2Bという遺伝子を過剰発現させる遺伝物質を注入した。
この操作によってホビーの脳細胞は、通常のラットよりわずか1秒間だが長く情報を伝達できるようになった。このラットが平均的なラットよりはるかに賢いのはこれが原因だと研究チームは考えている。
チェン氏の研究チームは10年ほど前に、テレビドラマに登場する天才少年医師ドギー・ハウザー博士にちなんで名付けられた“ドギー”というマウスの知能を同じように向上させたことがある。
チェン氏は電子メールでの取材に次のように答えている。「NR2Bは、ドギーの学習能力と記憶力を上げるスイッチとして機能した。ホビー・Jでも同じ結果を示している。これは、この遺伝子を標的とした薬を使用すれば、認知症やアルツハイマー病のような疾患の治療に役立つ可能性があるということだ」。
ドギーのプロジェクトに参加した神経科学者、劉国松(リュウ・グオソン)氏は、。その劉氏は、次のように展望する。「この研究は非常に刺激的だ。なぜなら人間の記憶力を強化できる可能性が高まったからで、これこそ私の研究室が目指しているものだ」。
しかし、北京の清華大学とアメリカのテキサス大学に所属し、今回の研究には参加していない同氏は、将来直面するであろう2つの課題を指摘する。まず、人間の胚の遺伝子操作には倫理上の問題が生じるため、薬によってNR2Bを過剰発現させる方法を開発する必要がある。
次に、過剰な記憶力は大きな負担になる可能性があり、悪夢にすらなり得るという。「私たちがものごとを忘れるのには理由がある。いやな体験の記憶を捨て去ることで、そうした記憶に悩まされずに済むようになっているのだ」。
このような理由から劉氏は、もし人間に投与できる薬が開発されたとしても、投与の対象はアルツハイマー病などの重い精神疾患を抱える人に限るように呼びかける考えだ。「健康な人の記憶を伸ばすのは非常に危険かもしれない」。
リアル・アルジャーノン。あの話も、不幸になりつつありましたが。
ただ記憶力を伸ばすだけだと、あまり人にとって幸せにはなりえないんでしょうね。誰しもが記憶力を欲するものですが、忘れられる今だからこそ、人として重圧に耐えられるのではないか、という気はします。
しかしこの研究から、認知力を失いつつある疾患の人に投与できる薬が開発されれば、かなり有益でしょう。子供に投与すべきではないと思いますが。