腕に無数のリストカットあとのある女性は診察室で「もう死にたい」と叫び、ある男性は「頭の中にインベーダーがいる」と真顔で語る。ドキュメンタリー映画「精神」(想田和弘監督)は、精神科診療所を訪れる統合失調症やうつ病の患者を淡々と追う。「実名と素顔」にこだわった作品に登場するのは、ごく普通の悩める人たち。「被写体の人生を預かる覚悟ですべてオープンにした」。何が精神障害者と健常者を隔てるのか。現実を伝え、観客にそう問い掛ける。
舞台は岡山県にある小さな診療所「こらーる岡山」。精神科病院の病室の鍵を取り外す運動を進めた山本昌知医師が、1997年に設立した。診察だけでなく食事サービスや牛乳配達を行う作業所を併設し、病院ではなく地域社会で生きるための患者支援に力を注ぐ。
「患者本人から了解を得る」。撮影の際、診療所側が出した条件は1点のみ。待合室で片っ端から患者やスタッフに声を掛け、何度も断られながらも応じてくれた人にカメラを向けた。
テロップ、ナレーション、音楽は一切ない。ある男性は高校生のころ、1日18時間勉強する生活を半年続けた末に倒れた。以来、25年間診察を受けている。産後間もないわが子の口を押さえて死なせてしまった過去を吐露した女性もいた。
赤裸々に語られる過酷な半生とは裏腹に、当事者の表情は拍子抜けするほど穏やか。「死にたい」と叫んだ女性も、別の場面では楽しげに軽口をたたく。精神障害者の日常は、健常者のそれと大きく変わることはなかった。
厚労省の2005年の統計によると、統合失調症や気分障害などに苦しむ人は約265万人で、うち32万人が入院している。想田監督自身、大学時代にうつ症状の一種とされる「燃え尽き症候群」を患い、精神科に駆け込んだ経験がある。それまで無関係と思い込んでいた精神障害が「身近な病」だと知り、以来テーマの一つとして温めていた。
メディアが伝える精神障害者は時に、名前は伏せられ、映像はモザイク処理が施される。その「配慮」が、彼らを遠ざけてしまうのではないか。作品に出てくる男性はそれを「見えないカーテン」と語った。想田監督は言う。「カーテンの向こう側にいたのは、僕らと同じ悩める人間だった」
2時間15分。18日から大阪の第七芸術劇場(TEL06・6302・2073)、県内では8月15日から神戸アートビレッジセンター(TEL078・512・5500)で公開。
渋谷で観てきましたけれど、凄い映画でしたね。患者さんにモザイクも入らず本名で撮影。ただ淡々と精神科の日常を描いている、まさにドキュメンタリー。もし精神科ではなかったら、健常者と何が違うのか分からない、自分との違いは何なのか、それすらも分からない。それこそが想田監督の伝えたかったポイントなのではないでしょうか。
それでもエンドロールの段階で、何とかしなければいけないな、と、思わされましたね。2時間という短い時間ながらも、現状が浮き彫りにされています。
上映している映画館はかなり少ないようですが、お勧めです。渋谷はほとんど満席でした。途中で逃げるように退席した女性、映画を見ながら必死にメモを取り続ける若者が印象的でした。
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映画見てないのでなんとも言えませんが。
ノンフィクションは映画化した時点でフィクションですし。宇宙人と会話する人を理解したら健常者が混乱してしまうかと…。
そこらへんの今まで曖昧だった壁を壊すには最適な映画になっていると思います。