アルツハイマー病研究に貢献した研究者に贈られる米国の「メトライフ医学研究賞」の受賞者に、東京大の岩坪威教授(49)が選ばれ、18日、ワシントンで贈呈式が行われた。
教授は、アルツハイマー病の原因とされるアミロイドβをつくる酵素「γセクレターゼ」の働きを解明。治療法の研究に道を開いた。同賞は、米生命保険大手メトライフ社系列の財団が1986年に創設。日本人受賞者は2人目。
岩坪威教授の研究成果については以下。
東京大学大学院薬学系研究科 臨床薬学教室 岩坪 威
アルツハイマー病(AD)脳で老人斑を形成するβアミロイドは40あるいは42個アミノ酸からなるAβペプチドから構成される。42個型のAβは40個型よりも凝集しやすく、AD脳でも先行して蓄積し発症に重要な役割を果たす(1)。Aβは1回膜貫通型蛋白であるアミロイド前駆体(APP)から、2種類の蛋白分解酵素(セクレターゼ)により切り出される。この時細胞外側で最初に働くのがβセクレターゼ、次に膜内で切断するのがγセクレターゼである。
Aβのカルボキシ末端を切り出すγセクレターゼの実体は長らく不明だった。その解明の契機となったのはまれな家族性ADの病因遺伝子プレセニリン(PS)の発見であった。その後の研究から、8回膜貫通構造をもつPS蛋白はγセクレターゼの触媒サブユニットに一致することがわかった。これに変異が生じると切断位置の相対比率にシフトが生じ、蓄積性の高いAβ42の産生が増大し、ADが発症すると考えられる。家族性ADに関わるだけでなく、孤発性AD患者脳でβアミロイドが溜まる過程でも、PSはAβ産生を担うプロテアーゼとして関与することになる。ところが、PS単独では切断活性を持たず、PSに結合する複数の蛋白質(コファクター)が必要と判明した。2002年までにPS以外に3種類のコファクター蛋白質が同定されたが、個別の機能は不明であった。
我々はPSと3種類のコファクター蛋白(ニカストリン:NCT、APH-1, PEN-2)がγセクレターゼを形成する過程について調べた(2)。まずRNA干渉法によりNCTあるいはAPH-1をノックダウンすると、γセクレターゼ作用をもつPSも同時に消失した。ところがPEN-2をノックダウンした場合にはPS、NCT、APH-1の3者が結合した不完全なγセクレターゼ複合体が蓄積した。逆にPSの存在下でNCTとAPH-1を過剰発現すると、同様に不完全な3者の複合体ができた。ここにPEN-2を加えると、はじめてγセクレターゼ活性が生じた。これらの結果から次のように結論された。(1)γセクレターゼの形成過程で、最初にAPH-1とNCTがPSに結合して中間体を形成し、最後にPEN-2が働いて活性型γセクレターゼが完成する。(2)γセクレターゼの基本骨格はPS、NCT、APH-1、PEN-2という4つの蛋白からなる。
γセクレターゼは、ADの発症に関わるだけではなく、細胞分化に重要な役割を担うNotch受容体の膜内切断による活性化にも必須の機能を果たす。今後APP特異的阻害剤の開発によりADの予防・治療が可能となることが期待されるとともに、本来疎水性環境である脂質二重膜内部で加水分解が生じる分子メカニズムの解明に興味がもたれる。
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