必要な睡眠時間は、人によって大きく異なる。長く眠らないと調子が悪い人もいれば、毎日2時間で平気だという人もいる。睡眠をサポートする味の素のサプリメント「グリナ」の開発に携わった東京大学名誉教授・高橋迪雄さん(同社顧問)は、今、睡眠は2サイクル(3時間)でいいと実感しているという。違いはどこにあるのだろう。高橋さんに睡眠の不思議について聞いた。
人は、ノンレム睡眠とレム睡眠が組み合わさった睡眠サイクルを繰り返すが、高橋さんは「最初の1、2回が勝負どころ」と強調する。1サイクルで良質な睡眠が取れる人は短時間でいいが、1サイクルがなかなか成立しない場合は、長い時間が必要になる。毎日ごく短い時間しか眠らなかったと言われるナポレオンは、すばやく良質な睡眠が取れていたのかもしれない。
一方で、「16時間も覚醒を続けられる動物は人間だけです」と高橋さん。チンパンジーやゴリラも短時間で寝たり起きたりを繰りかえしているという。歴史上、長きにわたって集団で狩りや採集をしてきた人間は、みんなと一緒に活動できる人が能力が高いことになる。日中に寝たり起きたりしている人は進化の過程ではじかれてしまったのだろうと推測する。
生まれたばかりの赤ちゃんは、短時間の睡眠を繰り返す。年を重ねて認知症になると、再び寝たり起きたりを繰り返すようになる。このことから、人間も動物と同じように、分割された睡眠がベースにあると考えられるという。高橋さんは、皆と同じように眠れない人に向けて、「じたばたしなくてもいいじゃないですか」とエールを送る。
高橋さんによると、睡眠中は外部の刺激を遮断して脳の整備をしているという。自動車整備に例えると、まずは個々の部品を調整し、その上で「試運転」をする。部品調整は「ノンレム睡眠」(深い睡眠)で、試運転の段階が「レム睡眠」(浅い睡眠)になる。試運転の時は、実際には動かないように脱力しているため、随意筋(意識して動かせる筋肉)が動かない。そのため、泥棒に遭遇して逃げなきゃいけないという夢を見ても、声も出ないし動けない。
しかし、誰かを殴る夢を見て、実際に隣に寝ていた人を殴ってしまうケースもあるらしい。これはパーキンソン病の「前触れ」症状と言われ、同病の病変がある部位は睡眠に関係していると高橋さんは説明する。寝ている隣の夫(妻)に殴られたら、要注意かもしれない。
★★★
−−続けて起きているのは人間だけなのですか?
人間のように、16時間も覚醒状態を続けられる動物はいません。動物は短時間で寝たり起きたりを繰り返す「スプリット(分割)」された眠りで、ゴリラやチンパンジーなど、人間に比較的近い類人猿もそうです。ネズミは昼間の睡眠量が夜間の2倍になります。人間が起きていられるのは、そのための進化が起きたからだと考えられますが、相当「無理」をしているんじゃないかと思う。
−−無理な進化を?
長く寝ていても平気なのは、安全なところに住んでいる動物です。オオコウモリの睡眠時間は約20時間、アルマジロは17時間。一方、キリンや馬は睡眠時間が3〜4時間です。危険な場所に住む動物は、短い睡眠の方が適応性が高いのです。
−−人間は?
人は草原で狩りをしていましたから、危なくて長く眠れないグループに入ります。一方で、脳が非常に発達してしまったために、体を休める「レム睡眠」と脳の機能を再調整する「ノンレム睡眠」を組み合わせた睡眠が必要になった。それで、夜間にまとめて寝て、日中に最大のパフォーマンスを発揮させるように「努力して」進化したと考えています。
−−努力の結果、まとめて眠るようになった。
生まれたばかりの赤ちゃんは、短時間の睡眠を繰り返しますね。まとめて寝るようになるのは幼稚園に行く年ごろです。そして高齢になって認知症になると、再び寝たり起きたりを繰り返すようになる。このことから考えると、人間も動物と同じように、短い時間に分かれた睡眠がベースにあるんだろう。努力して、短い睡眠の人が“弾かれた”進化の歴史があるんじゃないかと疑っています。
−−なぜ、除外されたのでしょう。
人類は、歴史上多くの時間、集団で採集狩猟をして生活してきた。1人で獲物を捕らえることができないので、食物を得るために昼間、集団で狩りをする。そうすると、狩りをする時間に寝たり起きたりしている人は、パフォーマンスが悪いということになる。約600万年にわたって、昼間寝る人が排除されてきた結果、我々は、まとめて寝るように進化したんです。でも、皆と一緒でないからといって、じたばたしなくてもいいじゃないですか。
−−2時間くらいしか寝なくても平気な人もいます。
睡眠というのは、覚醒からノンレム睡眠(深い睡眠)、レム睡眠(浅い睡眠)にいたるサイクルを約90分で繰り返します。90分より短い睡眠時間で毎日生きている人は例がありません。1サイクルがなかなか成立しない人は睡眠を取るのに時間がかかる。10時間眠らないと3サイクルにならない人もいるし、270分で3サイクルになる人もいる。
−−人によって違う?
僕の実感では、年を取ると2サイクルでいい。毎日2時間で平気な人は、1サイクルで良質な睡眠が成立するのでしょう。昔は明るい時間に活動して、暗くなったら休む生活だった。電気も何もありませんでしたからね。その一部分で寝ていたんです。就寝していることがイコール睡眠ではなく、90分のサイクルを3、4回繰り返すことが睡眠。最初に良い睡眠が取れるかどうかが大事で、1回目、2回目のサイクルが勝負どころです。そこが就寝時間とシンクロしている人はハッピーなの。
−−もう数百万年経ったら、元に戻るかもしれませんね。
個人の活動だけで社会が成立するようにネットワークが発達すれば、みんなが勝手に寝るようになって、短時間に分けて寝る人が出てくるかもしれない。僕本人が寝ていても、残像か何かで他人とコミュニケーションできるツールがあれば、取材があっても起きていなくてもいいわけです。今のところはツールがないので、やはり皆と同じ時間帯に起きていましょうということになるね。
なるほどねー。赤ん坊と年寄りの話は分かりやすいですね。確かに日中も分割して寝るため、朝は早かったりしますもんね。
自然に短眠を行える、ナチュラルショートスリーパーは、進化の過程で寝ないで良いようになった人たちということでしょうか。訓練して眠りの質を深くすることが出来れば、ショートスリーパーにはなれるかもしれませんが、生まれつき長い眠りをとるようなタイプの人は無理だ、と。
私も長い睡眠を必要とするタイプで、もったいないなぁと思っていましたけど、結局は人それぞれだ、ということですね。睡眠が短いとか長いとかで、気の持ちようだとか色々言われますけど、自分に合った睡眠をしっかりとれるような生活スタイルにしたほうが良さそうです。
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