2008年08月22日

福島大野病院事件、加藤克彦医師に無罪判決が出る。

大野病院医療事件:帝王切開の医師に無罪判決 福島地裁

 福島県大熊町の県立大野病院で04年、帝王切開手術中に患者の女性(当時29歳)が死亡した事件で、業務上過失致死と医師法違反の罪に問われた同病院の産婦人科医(休職中)、加藤克彦被告(40)に対し、福島地裁は20日、無罪(求刑・禁固1年、罰金10万円)を言い渡した。鈴木信行裁判長は、最大の争点だった胎盤剥離を途中で中止し子宮摘出手術などへ移行すべきだったかについて「標準的な医療水準に照らせば、剥離を中止する義務はなかった」と加藤医師の判断の正当性を認め、検察側の主張を退けた。

 加藤医師は04年12月17日、帝王切開手術中、はがせば大量出血する恐れのある「癒着胎盤」と認識しながら子宮摘出手術などに移行せず、クーパー(手術用はさみ)で胎盤をはがして女性を失血死させ、医師法が規定する24時間以内の警察署への異状死体の届け出をしなかったとして起訴された。

 争点の胎盤剥離について、判決は大量出血の予見可能性は認めたものの、「剥離を中止して子宮摘出手術などに移行することが、当時の医学的水準とは認められない」と判断した。医師法21条については「診療中の患者が、その病気によって死亡したような場合は、届け出の要件を欠き、今回は該当しない」と指摘した。

 医療行為を巡り医師が逮捕、起訴された異例の事件で、日本医学会や日本産科婦人科学会など全国の医療団体が「結果責任だけで犯罪行為とし、医療に介入している」と抗議声明を出すなど、論議を呼んだ。公判では、検察、被告側双方の鑑定医や手術に立ち会った同病院の医師、看護師ら計11人が証言に立っていた。

 ★癒着胎盤 一般に分娩後、胎盤は自然に子宮壁からはがれるが、胎盤の絨毛が子宮筋層に入り、胎盤の一部または全部が子宮壁に癒着して胎盤がはがれにくくなる疾患。発生率は数千〜1万例に1例と極めて低い。


 福島県警刑事総務課の佐々木賢課長は「県警としては捜査を尽くしたが、コメントは差し控えたい。細かい争点については(裁判所の判断が)まだ分からないので何とも言えない。県警は医師に注意義務があるとして検察へ送ったが裁判所はそう認定しなかった」と話した。

 吉村泰典・日本産科婦人科学会理事長は「被告が行った医療の水準は高く、医療過誤と言うべきものではない。癒着胎盤は極めてまれな疾患であり、最善の治療に関する学術的な議論は現在も続いている段階だ。学会は、今回のような重篤な症例も救命できる医療の確立を目指し、今後も診療体制の整備を進める。医療現場の混乱を一日も早く収束するため、検察が控訴しないことを強く要請する」との声明を出した。



無罪の加藤医師が会見 「ほっとした」 大野病院事件

 20日午後、福島市霞町 無罪判決を受けた加藤克彦医師(40)は20日午後、福島市内で記者会見し、「ほっとした」と胸の内を率直に語り、「今後は、地域医療の現場で患者にできることを精いっぱいやっていきたい」と、現場復帰の意思を明らかにした。

 加藤医師は会見の冒頭、涙を浮かべながら、死亡した女性に「信頼して受診してもらったのに、亡くなるという最悪の結果になり、申し訳ありませんでした」と謝罪した

 加藤医師は逮捕からの月日を「何もしたくないという日々。長く嫌な2年6カ月だった」と振り返った。無罪判決については「裁判所にしっかりした判断をしていただいた」と少し表情を緩ませ、「今後は僕のような人が出ないことを祈りたい」と語った。

 さらに、「子供をあやす顔が忘れられない」「きちんとした罰を受けてほしい」と公判で意見陳述した遺族の言葉にも触れ、「グサッときた。生涯忘れられない言葉」と神妙な面持ちで話した。

 主任弁護人の平岩敬一弁護士は判決を評価するとともに、「医師に不安が広まったことや、産科医の減少といった悪影響がなくなればいい」と話した。



大野病院事件「妥当な判決」 日産婦学会が声明

 大野病院事件の無罪判決を受け、声明を読み上げる日本産科婦人科学会の吉村泰典理事長=20日正午、東京都文京区本郷 福島地裁の無罪判決を受け、日本産科婦人科学会の吉村泰典理事長は20日昼、記者会見し「実地医療の困難さとリスクに理解を示した妥当な判決」と判決を評価。「控訴しないことを強く要請する」と、検察側に控訴断念を求めた。

 争点となった癒着胎盤について吉村理事長は「極めてまれな疾患であり、診断も難しく、最善の治療についての学術的議論は現在も学会で続けられている」とし、加藤克彦被告に対しては「専門医としていった医療の水準は高く、まったく医療過誤と言うべきものではない」と、同学会の声明を読み上げた。

 同学会医療問題ワーキンググループ委員長を務める岡井崇理事は「今回のケースは逮捕する理由がなかった。たとえ患者への説明が不十分だったとしても、医師に刑事罰を与えることにはつながらない。医療を知らない警察が最初に捜査を行ったことが問題。まず、専門家が第三者機関を設けて調査すべきだと事件を通じて率直に感じた」と訴えた。



大野病院医療事故:捜査見直し発言も 無罪判決に反響 /福島

 県立大野病院(大熊町)の医療事故を巡る公判で、福島地裁が20日に無罪判決を出したことを受け、21日も吉村博人・警察庁長官が今後の医療事故の捜査に慎重姿勢を打ち出すなど反響が広がった。

 福島地裁は判決で検察側の立証の甘さを指摘し、被告の加藤克彦医師(40)に無罪を言い渡した。吉村長官は21日の会見で、「判決を踏まえながら医療事故の捜査について慎重かつ適切に対応していく必要がある」と述べた。

 今回の事故では、手術での医療判断に刑事責任が問われ、医師の身柄が拘束されたことに医療界が強く反発した。捜査当局は「証拠がほとんどなく関係者の証言が頼りで、口裏合わせの可能性もあった」と逮捕の理由を語っていたが、元長崎地検次席検事の郷原信郎・桐蔭横浜大法科大学院教授(経済刑法)は「いつでも身柄を取れるというのは捜査機関の独善的な考え方。医師は患者を抱えており、明白な過失がないなら身柄を拘束すべきでない。今回のケースは捜査機関の介入自体に無理があったのではないか」と指摘した。

 医療界からは、日本産科婦人科学会が20日に「重篤な疾患を扱う実地医療の困難さに理解を示した妥当な判決。医療現場の混乱を一日も早く収束するよう、検察が控訴しないことを強く要請する」との声明を出した。全国保険医団体連合会も同日、「無罪判決に敬意を表する。医療事故の被害を速やかに救済するため、第三者機関の設立と無過失補償制度の創設を改めて要望する」とコメントを発表した。



地域の妊婦「みんな不安」 医師、現場復帰の思いも

 女性が出産直後に死亡、産婦人科医が逮捕された福島県立大野病院事件。患者の評判が良かった産科医は現場復帰を望む一方、女性の遺族は不信感を募らせる。医師不在となった地元の影響は深刻で「妊婦はみんな不安」との声も。関係者は二十日、さまざまな思いで判決を迎えた。

 産婦人科医の父を持ち、幼いころから同じ道を目指していた被告の加藤克彦かとう・かつひこ医師(40)。約千二百人の分娩ぶんべんに立ち会い、大野病院の一人医長として「丁寧」と評判も良かった

 公判では遺族に謝罪した上で「できる限りのことはした」と無罪を主張。「また地域医療の一端を担いたい」と現場復帰への思いも吐露した。

 「ちっちゃい手だね」。死亡した女性=当時(29)=は長女出産後に笑顔を見せたが、帰らぬ人に。三歳になった長女は長男(7)とともに女性の両親らと暮らす。

 長女誕生と女性死亡が重なった一日を「天国から地獄」と表現した両親らは公判を欠かさず傍聴した。父親は法廷で「大野病院でなかったら亡くさずに済んだ命。許さない」と涙ぐみ、女性の夫は「言い訳をしないでミスを受け止めてほしい」と加藤医師に注文した。

 大野病院は産婦人科の休診が今も続き、ほかの診療科も医師の退職が相次いだ。

 「里帰り出産を断念」「妊娠中の出血で百キロ近く離れた病院に搬送」。加藤医師の診察で出産した同県大熊町の女性(34)の周囲にはこんな話が絶えない。「早産などの時にどうしたらいいのか。みんな不安がっている」と女性はつぶやく。

 福島県立病院の産婦人科も、医師不足のためすべて分娩ぶんべんの取り扱いを中止した。神奈川県とほぼ同じ面積を持つ南会津地方は、常勤の産婦人科医がいる病院が皆無になり「妊婦が山道のハンドルを握り、遠方の病院へ通うのは珍しくない



「検察は控訴すべきでない」−自民・世耕氏

 自民党の世耕弘成参院議員は8月20日、福島市内で開かれた「福島大野事件が地域産科医療にもたらした影響を考える」のシンポジウムで、「福島県立大野病院事件」で加藤克彦医師に無罪判決が言い渡されたことについて、「検察は控訴すべきでない」と述べた。

 超党派の「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟」(会長・尾辻秀久自民党参院議員)のメンバーである世耕議員は、次のように語った。

 「判決は高く評価したい。4月の超党派議連のシンポジウムでも、『もし変な判決が出たらメスを置く』という先生がいて、大変なことになると心配していたが、無罪判決が出てほっとした。判決が出るまでは司法への介入になってはいけないと、発言を我慢していたが、判決が出た上は、検察は控訴すべきではないと、政治家として申し上げる」



大野病院事件判決要旨 福島地裁

 福島県立大野病院事件で、産婦人科医加藤克彦被告を無罪とした20日の福島地裁判決の要旨は次の通り。

 【出血部位】

 胎盤はく離開始後の出血の大部分は、子宮内壁の胎盤はく離部分からの出血と認められる。

 はく離中に出血量が増加したと認められる。具体的な出血量は、麻酔記録などから胎盤べん出時の総出血量は2555ミリリットルを超えていないことが、カルテの記載及び助産師の証言などから遅くとも午後3時までに出血量が5000ミリリットルに達したことが認められる。

 【因果関係】

 鑑定は、死因ははく離時から子宮摘出手術中まで継続した大量出血によりショック状態に陥ったためとしており、死因は出血性ショックによる失血死と認められる。

 総出血量の大半が胎盤はく離面からの出血であることからすれば、被告の胎盤はく離行為と死亡には因果関係がある。

 【胎盤の癒着】

 胎盤は、子宮に胎盤が残存している個所を含む子宮後壁を中心に内子宮口を覆い、子宮前壁に達していた。子宮後壁は相当程度の広さで癒着胎盤があり、少なくとも検察側鑑定で後壁の癒着胎盤と判断した部分から、弁護側鑑定が疑問を呈した部分を除いた部分は癒着していた。

 【予見可能性】

 手術に至るまでの事実経過に照らすと、被告は手術直前には癒着の可能性は低く、5%に近い数値であるとの認識を持っていたと認められる。

 被告は用手はく離中に胎盤と子宮の間に指が入らず、用手はく離が困難な状態に直面した時点で、確定的とまではいえないものの、患者の胎盤が子宮に癒着しているとの認識を持ったと認められる。

 癒着胎盤を無理にはがすことが大量出血、ショックを引き起こし、母体死亡の原因となり得ることは被告が所持していたものを含めた医学書に記載されている。従って癒着胎盤と認識した時点においてはく離を継続すれば、現実化する可能性の大小は別としても、はく離面から大量出血し、ひいては患者の生命に危機が及ぶ恐れがあったことを予見する可能性はあったと解するのが相当である。

 【被告の義務】

 被告が胎盤が子宮に癒着していることを認識した時点では、ただちに胎盤はく離を中止し子宮摘出手術などに移行することは可能だった。移行した場合の出血量は相当に少ないであろうということは可能であるから、結果回避可能性があったと解するのが相当である。

 検察官は、ただちに胎盤はく離を中止し子宮摘出手術などに移行することが本件当時の医学的準則で、被告は胎盤はく離を中止する義務があったと主張し、根拠として検察側証人の医師の鑑定を引用する。

 弁護人は、用手はく離を開始した後は出血していても胎盤はく離を完了させ、子宮の収縮を期待するとともに止血操作を行い、それでもコントロールできない大量出血をする場合に子宮摘出をするのが臨床医学の医療水準だと反論する。

 本件では、胎盤はく離を開始後にはく離を中止し、子宮摘出手術などに移行した具体的な臨床症例は検察側からも被告側からも示されていない。検察側証人の医師のみが検察官と同じ見解を述べるが、同医師は腫瘍が専門で癒着胎盤の治療経験に乏しく、主として文献に依拠している。

 他方、弁護側証人の医師は臨床経験の豊富さ、専門知識の確かさがくみ取れ、臨床での癒着胎盤に関する標準的な医療措置に関する証言は医療現場の実際を表現していると認められる。

 そうすると、弁護側証人の医師の鑑定や証言から、用手はく離を開始した後は、出血をしていても胎盤はく離を完了させ、子宮の収縮を期待するとともに止血操作を行い、それでもコントロールできない大量出血の場合には子宮を摘出することが、臨床上の標準的な医療措置と解するのが相当である。

 医師に義務を負わせ、刑罰を科す基準になる医学的準則は、臨床に携わる医師のほとんどがその基準に従っているといえる程度の一般性がなければならない。現場で行われている措置と、一部医学書の内容に食い違いがある場合、容易かつ迅速な治療法の選択ができなくなり、医療現場に混乱をもたらし、刑罰が科せられる基準が不明確になるからだ。

 検察官は、一部の医学書と検察側証人の鑑定による立証のみで、それを根拠付ける症例を何ら提示していない

 検察官が主張するような、癒着胎盤と認識した以上ただちに胎盤はく離を中止し子宮摘出手術に移行することが当時の医学的準則だったと認めることはできない。被告が胎盤はく離を中止する義務があったと認めることもできず、注意義務違反にはならない。起訴事実は、その証明がない。

 【医師法違反】

 医師法21条にいう異状とは、法医学的に見て普通と異なる状態で死亡していると認められる状態にあることで、治療中の疾病で死亡した場合は異状の要件を欠く。本件は癒着胎盤という疾病を原因とする、過失なき診療行為によっても避けられなかった結果であり、異状がある場合に該当するとは言えない。起訴事実は証明がない。



 いやー・・・

 本当に嬉しい

 「当たり前」の判決ですし、「むしろ裁判を起こされた段階で引っ掻き回されたこと」ではありますが、無罪という判決が出たことを喜びたいと思います。

 しかし・・・加藤医師一人が逮捕され、長い間医療に携わることができなかっただけで、大きな損失でしょう。現場復帰していただけるようですが、疑心暗鬼に陥らず、以前と同じように頑張っていただけたら、と思います。

 医療ミスがあれば裁かれるべきだし、隠すのはもっての他、それは当たり前です。

 しかし医師が正しい医療行為を行い、全力を尽くしても助けられなかったことに対して、怒りの矛先を医師に向けるのは、恥ずべきことではないでしょうか。そしてそういう事態から医師を護るのは、社会の務めだと思います。

 この事件で失ったものはあまりにも大きいです。ですがこの事件をきっかけにより考えられるようになったのも事実です。過去は戻せない、ならばこれからの医療社会をより良くしていくために、国を揚げて対策を講じる必要があると思います。

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posted by さじ at 21:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 救急
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