2009年04月02日

医学の嗚咽7

677 :大人の名無しさん :05/01/28 15:20:46 ID:MrKY6rPh

先日、父親が他界した・・・。
末期の肺癌と告知を受けて二年と1ヶ月、正直、今までよくもったほうだと思う。
普段からココを覗いてるせいか、気持ちが落ち着いてきた今、誰かに話したくて仕方ない
かなり長くなると思うけど、ここに書かせてください。

父が癌だと知ったのは平成14年12月
普段から病院嫌いだった父だけど、父の首に出来てたシコリが気になってしょうがない母が、
何とか説得して検査を受けさせたことで判明。
母と姉二人、代わる代わる話しかけてきていたが、携帯越しに聞こえてくる声は涙混じりで錯乱状態・・・
父の病状を聞き終えるのに30分はかかっただろうか?
担当医が息子さんと話をしたいと言ってるらしく、急遽、私が帰省することになった。

ただ、父にはまだ癌の告知をしたくないという母の願いから、
帰省理由は「出張のついでに寄った」ということにしておいた。
私の仕事は自衛官で、沖縄に転勤してきて六年目。
正月にしか帰省しない親不孝息子が、突然帰ってきたら父親が驚くから、と考えだした苦しい言い訳だった。

出張という理由にリアリティーをもたせるために、制服を持参した。
飛行機と電車を乗り継いで4時間、実家では母と姉二人がボロボロな状態で座り込んでた。
ここにきて私も不安が一気に広がったが、家族を励ます間も惜しんで、制服に着替えて病院に向かった。
父に会う前の医師との面談で、余命3ヶ月の末期癌であると告げられる。
MRIの画像を見ながら目の前が真っ白になったのを覚えてる。

「ご本人への告知の判断は、ご家族の方にお任せします。後悔がないようによく話し合ってください。」
医師の事務的な声を聞きながら、ふと隣を見ると母が肩を震わせて咽び泣いてた。
母の肩を抱き寄せながら、何とか励まそうとするが何も思い浮かばず、ただ
「大丈夫・・・大丈夫・・・」と繰り返すばかりだった。

父と病室で会ったとき、私の見舞いに驚きはしたものの、制服姿に反応して「仕事か?」と尋ねてきた。
末期がんという病名と目の前に居る元気な姿の父にギャップを感じ、思わず目頭が熱くなりかけたが、
制服の企みが成功したことで気を持ち直し、ひとしきり世間話をして笑顔で病院を後にする。

そこから、父と家族との長い闘病生活が始まった。
二年近く続いたそれは、天国と地獄の繰り返しだった。

癌を克服した方の本やネットで調べた情報をもとに、
父の治療には出来るだけ放射線での治療を避けることにして、抗がん剤のみを投与してもらい、
医師に頭を下げて病室内でも様々な民間療法を試させていただいた。

柿の葉が良いと聞いて取り寄せ、霊芝が効くと教えてもらい1瓶3万円もする健康食品を買い、
霊験あらたかな神社仏閣にも通い詰め、30万円もの温灸器具を購入し毎晩遅くまで治療などなど・・・
抗がん剤の強い副作用で髪は何度もが抜け、吐き気と眩暈で日々衰弱しながらも治療を諦めなかったのは、
転移する先々で明らかな効果があったからであるが、喜びもつかの間・・・
「また再発」の告知を受けるたびに絶望の淵に立たされたのも事実である。

そして今年の正月。
抗がん剤にも体が耐えられなくなった父は、本人の願いで、医師に無理を聞いてもらい自宅療養に切り替えた。
帰省した私が見た父は、以前の面影が全くないほどの状態だった。
抗がん剤治療の影響で髪は疎らに抜け、肺と心臓の周りに溜まった水で呼吸困難のため酸素吸入機なしでは生きられず、
全身にも水が溜まってパンパンに膨れ上がり、手足は血行不足で紫色になっていた。
横になるのも辛いらしく、一日中ソファーに座って過ごしていた。

なかなか帰ってこれない普段の罪滅ぼしの意味もあって、私は休暇の間ずっと家で看護に当たろうとした。
ところが、用便の度に手を貸そうとする私を、父は頑なに拒否した。
食事の際にも、唇が腫上がって上手く飲み込めない父の口を拭おうとするのだが、
力のない腕で手を払いのけられてしまう。
もともと頑固でプライドの高い父である。
自分の弱いところを息子に見られたくないのであろう・・・
そんな気持ちが解るからこそ悲しくて、思わず泣きそうになるのを必死で堪えていた。

そんな状況で三日間が過ぎた頃・・・
台所で本を読んでたら、父が鈴を鳴らした(←声を出すのも辛い父の為に、普段の会話は鈴を使ってた)
駆け寄って耳を口元に寄せるとボソッと一言、「・・・トイレ」と言った。
私「解った!お袋を呼ん・・・」
言いかけてハッとなった。
父が私の腕を掴んで立ち上がろうとしてるのだ。
「すぐ尿瓶を用意するから・・・」という私の言葉を遮るように、
掴んだ手にグッと力を込めて、足をガタガタ震わせながら父は立ち上がった。
「・・トイレ・・で・・する・・・連れて・・け」
振り絞るように声を出しながら父は歩きだした。
物音を聞いて駆けつけた母を促し、酸素吸入のホースを手繰って延長しながらトイレに向かう。
それをキッカケにして、父は私の看護を受け入れてくれるようになった・・・

一日に三回ほど、血行を良くする為に手足のマッサージを始めた。
限界まで腫れた皮膚は所々破れ、押した指の形が残るほどブヨブヨだったが、
時間をかけて揉んでると僅かに肌の色が良くなっていた。

夜中に痛みで起きだす父が心配で、その日から寝ずの番をした。
姉が面倒を見れる昼間に僅かな睡眠をとった。
皆が私の体のことを心配したが、寝不足なんか何ともない。
私の休暇は残り少ない・・・
その間、父に何かしてあげたい衝動で眠気など起きなかったのだ。

帰省前に担当医と電話で話したこと・・・
母や姉には黙っていたことがあった。

医師「今回の帰宅が最後と考えてください。次に入院された時は・・・」
私 「覚悟してます・・・」

結局、最後の刻までこの会話は私だけの秘密となった。

休暇も終わり、いよいよ沖縄に帰る日がやってきた。
父に見せる最後かも・・・と考えて、持ってきた制服を着て挨拶をした。

父の前に跪き「また顔出すから、頑張って長生きしてな!」と言うと、
父はゆっくりと手を伸ばして、私の左胸につけた防衛記念章(勲章のようなもの)を手の甲で撫ではじめた。
そんな父の姿を黙ってみてると、いきなり自分の足元を指差しだしたので
「ん?どうかしたか?」と、私が頭を下げて確認しようとすると、父の手が私の頭の上に乗せられた。
それからゆっくり・・・ポン・・・ポン・・・と父の大きな手が上下した。

不覚にも涙がこぼれた。
ずっと我慢してたのに・・・なんで今頃・・・
顔も上げれず、鼻をすする私に父は声をかけてくれた。
「が・・・頑・・張れよ・・・立派・・な仕・・事だ」

これが、私と父が交わした最後の会話です。
この日から三日後、父は息を引き取りました。
享年70歳。
三人の子供と五人の孫に囲まれて、幸せに逝ったと思いたい。
ただ一つ心残りなのが、私が未だに独身で、そのことを父がしきりに心配してたということ・・・
これからは、父の分も母に対して親孝行していきたいと思います。


関連
医学処:医学の嗚咽6
医学処:医学の嗚咽5
医学処:医学の嗚咽3


posted by さじ at 01:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

「ハートフルホスピタル」セカンドシングル「永い2人だから」

医師バンドが病院ライブ 思い託し作曲、CD発売へ

 医師や医療機器メーカー社員ら5人でつくるバンド「ハートフルホスピタル」が、名古屋市を中心に病院や老人ホームでライブ演奏を続け、人気を得ている。生死が隣り合わせの医療現場。そこで感じた人のきずなの大切さを歌に託す。夏にはCDアルバムを発売する予定だ。

 「こんなにもこんなにも君が愛しくて」「2人重ねた時の流れは想いあふれ出す」。3月上旬、名古屋市の病院ロビー。ボーカル大咲舞さん(23)の力強い歌声が響く。闘病生活を送る老夫婦を歌ったセカンドシングル「永い2人だから」。演奏が終わると、車いすの高齢の女性がそっと目頭を押さえた。

 バンド結成は2007年1月。名城病院(名古屋市)の内科医赤沢貴洋さん(34)が、担当していた患者の娘で歌手の大咲さんと出会ったのがきっかけだった。以前から趣味でギター演奏をしていた赤沢さんが曲を作り、月数回、病院などでライブ演奏する。



 お!久々のハートフルホスピタルニュース。セカンドシングル発売されたみたいですね。

 「永い2人だから」、切ないです。YoutubeにPVがありましたが…画像も歌詞も、自然に引き込まれ切なくなります。闘病生活を見事に歌いきったなぁという感じです。これは自分、もしくは配偶者が入院していたら泣いてしまいそう。





 CDも発売中で、収益は骨髄バンク等に全部寄付されるそうです。

 ライブなども精力的に行っているそうです。ハートフルホスピタルのオフィシャルサイトはこちらをご覧下さい。

 Heartfull Hospital

 医学処は、ハートフルホスピタルを応援しています。

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posted by さじ at 00:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 介護

最新機器を使った医療シミュレーション教育を岡山大で。

最新の医療学ぶ医師、学生らシミュレーション体験−−岡山大

 最新機器を使った医療のシミュレーション教育を推進しようと、岡山大医療教育対策プロジェクトチームなどがこのほど、岡山市駅元町のママカリフォーラムでセミナーを開いた。医師、学生など約80人が最新の医療教育について話し合った。

 同チームによると、医学生や研修医は早い段階で診療技術の習得が求められる一方、医師不足などの影響で大学の教員は減少傾向にある。このため、反復トレーニングが可能で効率よく学べるシミュレーター(模擬医療)は新しい教育方法として注目されている。同大では診療科ごとに機器を所有しており、各科を横断するトレーニングセンターを設立する構想もあるという。

 セミナーでは、耳鼻科や小児科などの参加者がシミュレーション教育の現状を報告。同大医歯薬学総合学研究科腫瘍・胸部外科の山根正修助教は「例えば(手術後の)縫合の授業は50分しかなく、決して十分とは言えない。シミュレーションは早期に習熟度を高めて、医療の安全性確保に役立つ」と話した。会場には、手術用器具で内臓をつかむ感触を再現した内視鏡手術や新生児蘇生のシミュレーターが並び、参加者は実際に触れて体験していた。



 医学とは昔から築かれてきた知識の集合体を受け継ぐことで成長してきました。

 教育は必須です。特に大きな病院の医師は多忙を極めますが、同時に学生や研修医、後期臨床研修医などを育てなければなりません。手技のシミュレーションもそのうちの1つ。これからはどの病院でもこういった設備に力を注ぐようになるでしょう。注がない病院は、研修医側から離れていくと思います。教育に力を注がない病院は。

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筑波大学が初期臨床研修のため水戸協同病院と提携する。

筑波大が一般病院に医師 初期診療教育と医師不足解消

 筑波大病院(茨城県つくば市)は、教授や准教授、研修医が臨床研修をする「地域医療教育センター」を水戸協同病院(水戸市)内に設置することを決め、24日に協同病院で記念式典を開いた。4月から約20人を常勤医として派遣する。

 筑波大によると、国立大が研修のため教員を一般病院に送るのは全国初という

 大学病院の医師は専門が分かれ、専門外の患者を診察する機会が少ないため、何の病気か分からない患者を最初に診るプライマリーケア(初期医療)を経験させ、総合的な診療ができるようにするのが狙い。

 協同病院は常勤医が平成13年の43人から23人に激減しており、医師不足解消にも貢献するという。

 筑波大教授の渡辺重行センター長は「診療と教育を両立させ、全国でも有数の臨床研修病院にしたい」と話している。



WIN&WIN。

 筑波大学側からしてみれば、大学病院の不利な点をカバーして研修医をより獲得しやすくなり、協同病院側としては人材が確保できる。双方にとってオイシイわけですね。

 研修医が大学病院を選ぶときにネックとなるのが、軽症を診れない点や、疾患に偏りが出来てしまう点などです。大学病院は国内最先端の医療を提供できる反面、どこの病院でも対応できるような軽症患者に触れる機会は圧倒的に少なくなります。
posted by さじ at 00:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 大学

2009年04月01日

群馬大学病院の肝移植執刀医が経験数を水増し。

群馬大病院・肝移植事故:執刀医、肝移植経験を水増し−−報告書

 群馬大医学部付属病院で05年11月に起きた生体肝移植時の医療事故で、医学部の検討委員会は27日、手術責任者の第1執刀医が経験不足だったうえ、経歴を誇張しており、不適切だったなどとする最終報告書の内容を公表した。執刀医は同病院のホームページに国内外で計620例以上の肝移植経験があると掲載していたが、調査の結果、確認できたのは37例だけだった

 同病院によると、いずれも当時50代だった妻が夫へ肝臓の一部を提供した際、執刀医の指示で妻に投与された血液凝固阻止剤が過剰だったため、術後に下半身まひとなった

 執刀医の男性は07年、委員会の調べに対し「国外では手術室には入ったがメスは握っていなかった」などと説明。国内でも120例以上の経験があると公表していたが、執刀記録が確認されたのは37例のみで、いずれも補佐的な第2執刀医の立場だった。第1執刀医の明確な基準はないが、ドナーと患者それぞれ30例の執刀を目安に総合的に判断するという。報告書は、手術を任せた担当教授にも「管理、監督責任がある」とした。



 自分の業績を偽ってまでメスを握りたかった。しかしその結果取り返しのつかないことになった。

 群馬大学は見直すべき点がまだまだありそうです。

関連
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京大病院の脳死肺移植を再開する。

京大病院、脳死肺移植を再開へ2009年3月31日

 京都大医学部付属病院(中村孝志・病院長)は31日、06年の死亡事故以来3年間自粛している脳死肺移植を再開する、と発表した。臓器提供があった時点で再開する。昨年6月に生体肺移植を再開したのに次ぐ。

 同病院によると、京大医学部の「医の倫理委員会」が、現在の肺移植チームは安全な脳死肺移植を実施できるとして、3月13日に再開を承認した。先に再開した生体肺移植の4例を検討し、事故以前と比べ、肺移植チーム内でコミュニケーションが十分にとられて情報が共有されていることや、手術における各診療科の責任をはっきりさせていることが認められたという。

 同病院では、06年3月に脳死肺移植を受けた女性患者が脳障害により死亡し、肺移植を自粛した。



 本来なら最初から、問題があるのなら行うべきではありませんでしたが、十分改善されたとのことで再開。

 問題を隠そうとせず、明確に改善することが大事ですね。各人の名誉やプライドよりも、何よりも優先されるのは患者さん自身であるということを再確認したうえで、前に進んでほしいと思います。

関連
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posted by さじ at 23:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 移植

労働基準法を守れないため愛育病院の指定返上を都が打診。

愛育病院の「指定返上」波紋広がる 医師不足と労基法の溝深く 

 リスクの高い妊婦を24時間体制で受け入れる「総合周産期母子医療センター」の指定を受けている愛育病院(東京都港区)が、指定返上を都に打診した問題について、波紋が広がっている。返上の理由は労働基準監督署から医師らを長時間働かせた労働基準法違反で是正勧告を受けたため。周産期医療の維持が、過酷な医師の勤務実態の上に成り立っていることを改めて浮き彫りにした格好で、病院側は「国が医師の労働環境を改善しないのに、労基法を守れというのには無理がある」と訴えている。

 24日夕、愛育病院から都に一本の電話が入った。「総合周産期母子医療センターから地域周産期母子医療センターの指定に変更したい」。「総合」の指定返上をこう切り出した。

 都の基準では「総合」は新生児集中治療室(NICU)などを備え、24時間体制で複数の産科医が勤務することが必要。一方、「地域」では夜間、休日での複数医師勤務は求められていない。

 同病院によると、15人の産科医のうち4人が子育てなどのため夜間勤務ができないという。三田労基署は17日、労働基準法に基づく労使協定を結ばず、医師に長時間労働をさせていたとして、是正を勧告。病院側は「各医師に法定の労働時間を守らせると、常勤医師1人を含む医師2人による当直は難しい」と判断したのだ。

 「搬送調整など他病院が代わりを務めることは難しい」。都は26日、愛育病院に対して「総合」の指定継続を求めた。

 愛育病院は、周産期医療のあり方などを検討する「都周産期医療協議会」のメンバーだ。都内の周産期医療体制について熟知しているだけに「指定返上」の打診は医療関係者の間でさまざまな憶測を呼んだ。

 愛育病院の中林正雄院長は記者会見で、「産科医不足の中では国からの資金支援などがなければ、病院側も産科医の過酷な労働環境を改善することはできない。悪条件が改善されないのに労基法だけを守れというのは現実的ではない」と反発した。

 愛育病院側は現在、都の意向を受け、条件付きで指定継続を検討しているが、「社会全体で周産期医療のあり方について考えてほしい」(中林院長)と訴えている。

 労働基準法に詳しい伊藤博義・宮城教育大名誉教授は「労働基準法を守れないほど長時間労働をしなければならない医療現場の実情に対し、行政側も自らの責任について考え、対応していく必要がある」と話した。



 労働基準法?

 病院に勤務している医者の中で、労働基準法を守れている医者って何人いるんでしょうか。

 行政は医者が労働基準法以上に仕事をしていることを今まで無視してきたのに何故、って気持ちです。

 資金を提供しない、医師不足を今までほったらかしにしていた(それどころかマスコミを使って医師は過剰だとバッシングしていた)にもかかわらず、病院側に待遇を改善しろというのは無茶な話ですわ。


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posted by さじ at 05:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 救急

医師不足による入院児童減少で院内学級が閉鎖へ。

野洲病院が院内学級閉鎖医師不足で入院児童減り

 1か月以上の長期入院治療中の児童に、近くの小学校などから派遣された教師が勉強を教える「院内学級」を続けてきた野洲病院(野洲市小篠原)が、医師不足による入院児童の減少のため、31日で同学級を閉鎖することを決めた

 院内学級は、病気で通学できない小、中学生が学校の勉強に遅れないよう、近くの学校から教師や臨時講師が出向いて教える支援制度。同病院では、「かがやき学級」の名称で、市立野洲小学校の協力で、1997年4月から延べ18人の児童が利用していた。

 しかし、2人いた当直勤務可能な常勤医が1人だけになった5年前から、長期入院が必要な児童は滋賀医科大付属病院など周辺の病院に紹介するようになり、2005年6月以降は利用がなくなった。加えて、当分の間は医師不足の解消は見込めないことから、閉鎖することを決めた。

 今後は、1週間以上入院している児童を対象に、県が派遣した教員が週3回、2時間の指導をするとした県の制度を利用していくという。



 本来なら長期入院することが出来る設備も技術もあり、院内学級も設備が整っているにもかかわらず、医師不足ゆえに長期入院を減らし、更に院内学級も閉鎖。

 色々考えてしまいますね。この病院が長期入院をやめたことで他の病院の長期入院が増えることなども考慮してしまいます。医師不足の波はあと数年は続くでしょうけれど、患者は待ってはくれませんからね。

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医学処:長期入院の子供のための学び舎、「院内学級」
医学処:京大病院小児科病棟のボランティア「にこにこトマト」
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posted by さじ at 05:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小児

酒を飲むと顔が赤くなる日本人は食道がんになりやすい。

飲酒で顔赤くなるアジア人、食道がんのリスク高い=研究

 日米の研究チームが23日、多量のアルコールを飲んで顔が赤くなるアジア系の人々は、食道がんにかかるリスクが通常より高いという研究結果を発表した。

 研究は米国立アルコール乱用・依存症研究所と久里浜アルコール症センターが実施し、論文をオープンアクセスの医学雑誌「PLoS Medicine」に掲載した。

 日本人、中国人、韓国人の約3分の1が飲酒時に顔が赤くなる酵素欠乏症だが、この特質が、5年生存率が12─31%と致死的な食道がんの発病リスクを高めているという。

 チームを率いた米国立アルコール乱用・依存症研究所のフィリップ・ブルックス氏は、少なくとも5億4000万人にこの特質があると推定している。



 すぐに赤くなるような人なら、酒を飲まないほうがよさそうです。といっても社会に出ると飲酒の機会は頻繁にありますからねぇ。自分の加減で適量を飲むのが良いでしょう。顔が赤くなる人が、酒に対して弱いにもかかわらず、嘔吐するまで飲むというのは論外です。

 とえらそうに語る私もビール一杯で真っ赤になるタイプなので、機会があった時に少量飲むぐらいには留めています。理想をいえば機会があっても全く飲まないほうが健康には良いんでしょうけれども。

 食道がんは治療が難しいので、予防からいきたいところです。明らかに飲酒がリスクになると分かっているわけですから。

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posted by さじ at 03:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | がん

児童期の大豆摂取で、乳がんのリスクが低下する。

児童期の大豆食品摂取で乳がんリスクが低下=米研究

 アジア系米国人女性で子どもの頃に多くの大豆食品を多く摂取した人は、そうでない人に比べて乳がんになるリスクが大幅に低いことが23日、米国の研究で分かった。大豆に乳がんの予防効果がある可能性が示された。

 専門誌「Cancer Epidemiology, Biomarkers and Prevention」に研究結果を発表した米国立がん研究所(NCI)のラリサ・コーデ博士は「子どもの頃の大豆摂取と乳がんリスクの低下に、大きな関係があることが示された」と述べた。

 研究では、ハワイ州とカリフォルニア州サンフランシスコ、オークランド、ロサンゼルスに住む中国系、日系、フィリピン系の女性約1600人にインタビューした。そのうち600人余りが乳がんと診断された経験があったが、残りの女性は健康だった。

 女性たちの母親も米国在住の場合は、母親にも子どもの頃の大豆摂取について聞き取り調査を実施した。

 その結果、子ども時代に最も多く大豆を摂取した人々のグループは、摂取量が最も少なかったグループに比べて、乳がんになるリスクが58%低かった。

 青年期や大人になってからの大豆摂取は、児童期に摂取した場合に比べると効果が弱いものの、それでも乳がんのリスクは20─25%低下するという。



 似たニュースは3年前にもありましたね。

 医学処:幼少期に多量の大豆を摂取した女性は、乳癌の発症が少ない

 これによると、幼少の頃に大豆を摂取してイソフラボンに曝露すると乳房組織の発達に変化が生じ、発癌感受性が低くなることが動物モデルで示されたそうです。人間でも同様のことがおそらくいえるんじゃないかということですね。

 大豆って意外と摂取しないことが多いです。特に今の日本の、欧米化した食生活では。できるだけ子供にも大豆を食べてもらえるような食の工夫が必要になってきそうです。乳がんは早期発見が大事ですが、まずは「予防」から。

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医学処:幼少期に多量の大豆を摂取した女性は、乳癌の発症が少ない
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posted by さじ at 03:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | がん

暑がり遺伝子を発見。人間にも同様のものがあることを確認。

「暑がり遺伝子」を発見 ハエで実験、京大チーム

 温度が高い所を避けて低い所で活動するのを好むようになる「暑がり遺伝子」を、京都大の梅田真郷教授のチームがショウジョウバエの実験で特定し、27日付の米科学誌サイエンスに発表した。

 エネルギー代謝が活発になり、低温に向いた体の仕組みになるらしい。なかには零下2度の極寒で生存できるハエもいた。梅田教授は「人にも同じ遺伝子があり、人体での働きを解明する糸口になるかもしれない」と話している。

 チームは、遺伝子操作したハエの幼虫で好みの温度を研究。その結果、人では筋ジストロフィーに関係するDmDGという遺伝子の活性が下がると、通常より温度が5度程低い場所に好んで移動することを突き止めた

 遺伝子は代謝機能に関係している可能性があるが、人の病気との関係は不明。梅田教授は「生物がさまざまな温度環境に適応するための仕組みにかかわっているのでは」とみている。



 ああ…

 暑がりな人っていますよね

 ってまあ私がそうなんですけれども。

 結局この冬は3枚以上着たことがなかったですね。今日も半袖Tシャツに薄手のパーカーのようなものを羽織っただけでしたけれど、電車に乗ると汗ダクダクでした。

 病棟って患者さんのためにかなり温度高く設定されているんですが、そんな中白衣を着ようものならもう暑くて暑くてたまらんという感じです。

 是非暑がりの人のためにもこの研究は推進してほしいですね。暑がりを治す薬なんてものも将来できるんでしょうか。社会で生活するうえで暑がりの人は何かと不利なこともあるので是非(例えば夏のスーツとか)

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posted by さじ at 03:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 循環
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